コラム

一流科学誌も大注目! 人体から未知の存在「オベリスク」が発見される

2024年02月05日(月)20時25分

ところで、今回の研究成果は、学術誌に論文が掲載されたのではなく、bioRxivというプレプリントサーバーに投稿されました。

「Nature」や「Science」といった科学分野の学術誌では、研究成果をまとめた論文が送られてくると、掲載前に同分野の科学者によって内容が妥当であるか、掲載誌に相応しい新奇性があるかなどをチェックされます。これが「査読制度」です。査読を通過したからといって、研究内容の正しさや捏造していないことが100%保証されるわけではありませんが、少なくとも一定のクオリティは担保されます。

一方、査読を経て学術誌に掲載されるまでは時間がかかるため、自分たちが最初に発見したことを素早く示す必要があったり、研究について査読者以外からの批評やフィードバックを得たかったかったりする場合は、「研究論文の下書き(プレプリント)」をネットで公開することがしばしばあります。

投稿する場をプレプリントサーバーと呼び、公開時には「誰が先に投稿したか」を示すタイムスタンプが押されます。ただし、プレプリントサーバーには査読制度がないため、内容が間違っていたりクオリティの低い研究が掲載されたりするリスクは学術誌よりも高まります。

スタンフォード大の研究チームは、発見した完全に新しい存在「オベリスク」が人体内に普遍的であったことから、「最初に発見したこと」をいち早く主張し、科学サークルの反応を見たり他の研究者の意見を募ったりするためにプレプリントを公開したと考えられます。実際にオベリスクの発見は、「Nature」や「Science」ですぐに好意的な筆致で専門家の驚きの声とともに紹介されました。

オベリスクの存在はまだ研究チームの提唱の域を越えておらず、まずは学術誌の査読通過が待ちわびられます。現時点では、オベリスクを宿す細菌が受ける影響や、オベリスクが細胞から細胞へと拡散する手段は分かっていませんが、今後、他チームの追試や同チームの発展研究が進めば、非生物と生物の違いや生命の起源に迫ったり、私たちの健康への影響を知ったりすることができるかもしれません。

オベリスクの発見は、21世紀になっても未知の存在は人々の身近にあり、科学的に解明されるのを待っていることを示しています。腸内細菌叢が腸の健康だけでなく認知症や脳卒中、肥満などにも関わっていることが分かり、さらに重要性が論じられるようになったのは、ここ10年ほどのことです。細菌よりもさらに微小な存在であるオベリスクも、医療の発展につながるかもしれませんね。

ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米テキサス州洪水の死者32人に、子ども14人犠牲 

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ

ワールド

イスラエル、カタールに代表団派遣へ ハマスの停戦条

ワールド

EU産ブランデー関税、34社が回避へ 友好的協議で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story