コラム

幻の常温常圧超伝導ニュースを超えた! 京大チームが超伝導体で「ノーベル賞級」の大発見か

2023年08月18日(金)15時20分

私たちの身の回りのものは、すべてが原子で構成されています。原子の中身は①電気的にプラスで大きさが大きい陽子、②電気的に中性で大きさが大きい中性子、③電気的にマイナスで大きさが小さい電子に分けられます。陽子や中性子の質量は、電子の約1840倍です。

電子は陽子や中性子から離れたところを飛び回っており、電子の個数によって物質の性質が変わります。金属では、電子をたくさんの原子で共有することで自由に動ける状態になっています。つまり、電気が流れることができます。

通常、電子は質量と電荷(電気の量)を持っています。ところが1956 年にアメリカの理論物理学者のデイビッド・パインズ博士は、固体中で電子が奇妙な振る舞いをする可能性を予言しました。電子が結合して、質量がなく、電気的に中性で、光と相互作用しない複合粒子を形成できると考えたパインズ博士は、この新しい粒子を「特異な電子の運動(DEM:distinct electron motion)」と粒子を表す接尾辞「on」から「DEM-on(悪魔)」と名付けました。

けれど、これまではパインズ博士の提唱した「悪魔粒子」が実際に観測されたことはありませんでした。というのも、悪魔粒子はまだ分からない部分の多い超伝導の性質の解明や合金の生成条件を説明するのに役立つと考えられていましたが、光を使った装置で検出できず、電荷や質量も持たないために、観測のしようがなかったためです。

思わぬ形で重大発見

今回の研究の中心となった前野教授は、固体物理学の大家です。約 30 年前にストロンチウム・ルテニウム酸化物(Sr2RuO4)で超伝導を発見しました。ただ、その超伝導性はまだ完全解明には至っていなかったため、運動量分解電子エネルギー損失分光(M-EELS)というこれまでにあまり適用されていなかった特別な実験手法を用いて解析を試みました。その結果、「パインズの悪魔」を世界で初めて観測するという予想外の重大な発見に結びつきました。

この実験装置は、金属に電子を打ち込んで反射してくる電子の運動量とエネルギーを測定しています。そうすることで、金属中に形成されるプラズモン(金属中の電子が集合的に振る舞って起こす振動)などの電子の振る舞いを直接観察することができました。

前野教授らがストロンチウム・ルテニウム酸化物のデータを解析してみると、よく知られたプラズモンのものとは異なる「長波長でギャップレス、強度の運動量依存性・臨界運動量」の励起モード、つまり質量のない複合粒子の存在を観測しました。これは「パインズの悪魔(悪魔粒子)」を示唆するものでした。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋

ビジネス

投資家がリスク選好強める、現金は「売りシグナル」点

ビジネス

AIブーム、崩壊ならどの企業にも影響=米アルファベ

ワールド

ゼレンスキー氏、19日にトルコ訪問 和平交渉復活を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story