コラム

誤情報も流暢に作成する対話型AI「ChatGPT」の科学への応用と危険性

2023年04月11日(火)12時40分

もっとも現段階で、臨床現場において医師の役目を果たせるかについては懐疑的です。

救急医療に携わる医師のジョッシュ・タマヨサーバー氏は3月、緊急救命室に運ばれた実際の患者のデータをChatGPTに入力したら的確な診断ができるかどうかを調べ、結果をニュースメディアの「Fast Company」に寄稿しました。

氏は3月に救急科に搬送された35人以上の患者が訴える病状や経過をまとめた現病歴を用いて、ChatGPTに対して「救急科に来院したこの患者の鑑別診断はどうなりますか?(ここに実際のデータを挿入)」と尋ねました。

実験の結果、ChatGPTは詳細な現病歴を入力すると正しい診断結果を出力しました。たとえば、肘内障(ちゅうないしょう)の場合は200語、眼窩(がんか)吹き抜け骨折では600語の現病歴の入力で、正しい診断結果を得られました。

けれど、ChatGPTが1人の患者に対して複数提案した診断結果のうち、正しい診断、あるいは少なくともタマヨサーバー氏が正しいと思える診断が含まれていたのは、患者の約半数だったといいます。氏は「悪くはないが、緊急外来での成功率が50%というのはあまり良いとは言えない」と、臨床現場では精度が十分ではないと主張しています。

とりわけ、若い女性の腹部の痛みで子宮外妊娠を想定しなかったり、脳腫瘍を見逃したり、胴体の痛みを腎臓結石と診断したが実際は大動脈破裂だったりと、生命の危機がある患者に対して誤診があったことを氏は憂慮しています。

すでに無数の人がChatGPTで自己診断している可能性も

ChatGPTはテキストデータをもとに回答するので、たとえば女性が妊娠の可能性を隠していた場合、子宮外妊娠を想定することはできないことなどが誤診につながっています。氏は、「ChatGPTは、私が完璧な情報を提供し、患者が典型的な病状を訴えた際に診断ツールとしてうまく機能した」と分析し、「患者が『手首が痛い』と訴えたとしても、それが最近の事故によるものとは限らず、精神的なストレスや性感染症が原因の場合もある」とAIのみによる診断の難しさを語っています。

さらに氏は、「すでに数え切れない人々が、医師の診察を受けずにChatGPTを使って自己診断しているのではないか。正確な情報を入力できなければ、ChatGPTの対応が死につながるかもしれない」と警鐘を鳴らしています。

「AIに相談」時代に必要な力

ChatGPTは有料版のGPT-4がリリースされ正確性が増してきていますが、フェイクニュースを量産できたり個人情報をばらまかれたりする恐れがますます高まるという指摘もあります。

対話型AIのサービスは今後もさらに広がると考えられます。マイクロソフト社は3月に自社の検索サービス「Bing」にAI機能を追加し、グーグルも対話型AI「Bard」を英米で
公開を開始しました。

これからは「ネットで検索」ではなく「AIに相談」する時代になりそうです。もっとも対話型AIを使いこなすには、回答を鵜呑みにせずに確認し、修正する能力が求められます。上手に使いこなして定型的な業務の効率を上げながら教養を身につけ、自分ならではの新しい知見を得る時間を作り出したいですね。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日米首脳会談でロシア産LNG議論、サハリン2の重要

ビジネス

ゴールドマン、11月の英利下げ予想 年内据え置きか

ワールド

チェコ、来月3日に連立合意署名へ ポピュリスト政党

ワールド

日中、高市首相と習国家主席の会談を31日開催で調整
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 4
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 5
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 6
    「ランナーズハイ」から覚めたイスラエルが直面する…
  • 7
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story