コラム

赤ちゃんの「もぞもぞ動き」は、将来複雑な運動を習得するための準備であることが明らかに

2023年01月10日(火)11時20分

続いて、22個のモジュール間の情報伝達の時間変化を、それぞれの伝達量の高低に従って色分けして12の感覚運動状態として描画をしてみると、赤ちゃんの感覚運動情報は様々な状態をさまようような時間変動をしていることが分かりました。研究者らは、この現象を「感覚運動ワンダリング」と名付けました。

感覚運動ワンダリングでは、乳児のほうが新生児よりも各々の感覚運動状態がランダムに現れることが低く、三連パターン(例:状態2→状態1→状態2)の出現率が高いことが示されました。

これらの結果より、赤ちゃんは新生児から乳児になるにしたがって、「感覚運動ワンダリング」を通してより全身的に協調した動きへ、あるいは、反射的な動きから予測的な動きへと発達していることが示唆されました。研究チームは、このような発達に伴う変化は、自発運動の経験頻度だけでなく、好奇心や探索といった行動に基づいている可能性もあるとしています。

ヒトが、ほとんど意識せずに高度で複雑な運動を行うことができるのは、感覚運動モジュールが形成されているためと考えられています。その準備は、赤ちゃん時代の「もぞもぞ動き」から始まっているようです。

個性に関わっている可能性も

近年は、赤ちゃんが「もぞもぞ動き」をする時の脳の動きも研究されています。

東大大学院教育学研究科発達脳科学研究室の多賀厳太郎教授は、「赤ちゃん研究員」に協力してもらって、光トポグラフィー(近赤外分光法)などの装置を使って、ヒトの脳の発達を探っています。研究成果の中には、赤ちゃんの自発運動と脳の発達との関連性が示唆されたものもあります。

たとえば、赤ちゃんの睡眠には、大人のレム睡眠に対応する「動睡眠」と、ノンレム睡眠に対応する「静睡眠」があります。静睡眠のときは、深く寝ていて身体の動きがなく静かです。対して動睡眠のときは、もぞもぞ動きが活発になり、光トポグラフィーでも独特なパターンが現れます。最近は、ヒトは胎児の頃から睡眠をしており、ほとんどが動睡眠の状態と考えられています。もぞもぞ動きをする動睡眠の期間は、脳の発達に大きな影響を与えていると考えられます。

多賀教授によると、もぞもぞ動きは生後2カ月を過ぎたあたりから脳の発達にともなって変化し、3~4カ月になると無意味な動きがほぼなくなり体制化されると言います。けれど、寝返りやハイハイなどは、発達初期の自発的で無目的なもぞもぞ動きがベースになっていると考えられるそうです。

もぞもぞ動きは、個性にも大きく関わっているかもしれません。

生後数カ月の赤ちゃん約80人に対して、各々の手足にボールをつけて「もぞもぞ動き」の軌跡を測定した調査では、手足の動かし方のパターンは一人ひとりで違うことが分かりました。つまり、自発運動によって脳が発達していく過程で、個性が育まれる可能性が示唆されました。

赤ちゃんがまだ言葉を話さない時に、特に法則もなく動いているだけに見える「もぞもぞ動き」ですが、複雑な行動ができるための身体作りや個性の形成などに重要な役割を果たしていると知れば、さらにじっくりと見守りたくなりますね。

ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米テキサス州洪水の死者69人に、子ども21人犠牲 

ワールド

韓国特別検察官、尹前大統領の拘束令状請求 職権乱用

ワールド

ダライ・ラマ、「一介の仏教僧」として使命に注力 9

ワールド

台湾鴻海、第2四半期売上高は過去最高 地政学的・為
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story