コラム

過去10年で最多のスギ花粉? 本格化前に知っておきたい花粉症の歴史と最新治療法

2023年01月24日(火)11時20分

64年には、初のスギ花粉症が論文で報告されます。東京医科歯科大の堀口申作博士、斎藤洋三博士は、栃木県日光地方で見つかった21人の花粉症患者の原因物質がスギであることを解明しました。

スギは、屋久島の「縄文杉」が知られているように、縄文時代から日本にあった植物です。第二次世界大戦以前にも、スギ花粉症の患者は多少はいたかもしれません。けれど、戦後に大々的に注目を浴びることになったのは、①スギ花粉の急激な増加、②高度成長期の排気ガス、③日本人の体質や生活の変化、に起因すると考えられています。

日本では、戦火で焼けた森林に成長が早いスギを積極的に植林しました。植えられたスギは、一斉に花粉生産能力の高い時期を迎えました。地球温暖化の影響で、雄花も以前よりもたくさん作られるようになりました。スギ花粉が、戦後数十年で極めて多量に飛散するようになったため、多くの人々に悪影響を及ぼすようになったようです。

加えて、戦後の高度成長期は環境への配慮が乏しく、車や工場からの排気ガスはほとんど処理されずに排出されていました。排気ガスは、花粉に付着することによってアレルギー症状をより悪化させる物質として知られています。これらによって汚染され、花粉が人体内で過敏に反応したことも、スギ花粉症が急激に増えた理由の一つと推測されています。

さらに、食生活が欧米化して高たんぱく・高脂質になったこと、過度なストレスや生活リズムの乱れなども、日本人がアレルギーを起こしやすい体質に変化させた要因と見られています。

医療機関の治療は「先手必勝」

花粉症は、①花粉(抗原)が体内に侵入するとIgE(抗体)が作られてマスト細胞と結合し、②炎症を起こす化学物質(ヒスタミン、ロイコトリエンなど)が産生、放出されて、③アレルギー症状を引き起こす、という段階を踏みます。なので、花粉を吸い込んで鼻の粘膜に付着すると、くしゃみや鼻水、鼻づまりなどが起こり、眼球に付着すると目にかゆみなどの症状が現れます。

直接的に生死に関わる病気ではありませんが、精神状態が不安定になったり集中力が下がったりするなど、著しくQOL(生活の質)を下げます。花粉を避けることが最も効果的な予防ですが、現在はコロナ対策として換気が強く推奨されているため、学校や会社、公共の場で窓を閉め切ることは困難です。

医療機関で行える治療には、投薬、舌下免疫療法、レーザー治療があります。ほとんどが先手必勝型で、花粉の飛来以前から始めたり、症状の初期に行ったりすることが効果的とされます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story