コラム

満開の桜が見られなくなる? 60年寿命説、地球温暖化──花見に迫る危機とは

2022年04月05日(火)11時20分

いっぽう、樹齢60年近くなった'染井吉野'から、病気に強い後継品種の桜への植え替えをする自治体もあります。

東京都国立市のさくら通り(全長1.8キロ)には、1960年代に約180本の'染井吉野'が植えられましたが、2010年頃からてんぐ巣病などによって幹が空洞になったり、強風で倒木したりするものが目立ち始めました。市は2013年から、てんぐ巣病になりにくい桜の品種「ジンダイアケボノ」に植え替えを進めました。

桜の名所づくりを進める公益財団法人「日本花の会」は、これまでに200万本以上の'染井吉野'の苗木を提供してきましたが、最近は病気に強いジンダイアケボノとコマツオトメへの植え替えを推奨しています。

2100年には、九州から東北までいっせいに開花する?

桜の名所の危機の原因は、樹木の寿命だけではありません。九州では、すでに地球温暖化による暖冬の影響で、開花が遅れたり満開まで時間がかかったりする年があります。

桜の花芽(蕾)は前年の夏に作られ、冬の前に成長を止めて休眠状態になります。その後、冬に一定期間の低温(概ね3℃から10℃前後)にさらされると休眠から目覚め(休眠打破)、そこからは気温の上昇とともに成長します。休眠打破のために必要な低温期間が足りないと、開花はかえって遅れます。そのため、2020年以降、九州では3年連続で北部から南部に桜前線が進む逆転現象が起きています。

さらに近年は、「満開までに時間がかかる」現象もみられるようになりました。満開の定義は標準木の80%の花が一斉に咲いている状態なので、休眠打破がうまく進まないと花芽の生長の個体差が顕著になって、なかなか80%に達しない状況に陥ると考えられています。

九州大学名誉教授の伊藤久徳氏は、2009年の地球温暖化シナリオを使って2100年までの桜の開花についてシミュレートしました。その結果、日本周辺の平均気温を平均で2~3℃程度高く設定すると、東北地方で桜の開花が今より2〜3週間早まり、九州などでは1〜2週間遅くなる──すなわち、3月末に九州から東北まで、'染井吉野'がいっせいに開花するという計算になりました。

さらに、種子島や鹿児島の一部では'染井吉野'は開花せず、九州南部や四国南西部、長崎、静岡などでは一本の木で開花がダラダラと続いて満開にならないという結果が出ました。

2100年に日本人は花見をできるのでしょうか。地球温暖化を軽減し、あるいは桜の休眠打破をもコントロールできるようになって、平安時代から変わらぬ春の宴を開いていることを期待しましょう。

ニューズウィーク日本版 大森元貴「言葉の力」
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月15日号(7月8日発売)は「大森元貴『言葉の力』」特集。[ロングインタビュー]時代を映すアーティスト・大森元貴/[特別寄稿]羽生結弦がつづる「私はこの歌に救われた」


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story