コラム

死の間際の「走馬灯」は実在する? 世界初の脳波詳細記録と臨死体験の研究史

2022年03月08日(火)11時25分
脳内で展開する走馬灯のイメージ

死の前後の30秒間、夢を見たり記憶を呼び起こすといった高度な認識作業を脳が行っている可能性がある(写真はイメージです) ifc2-iStock

<臨死体験がオカルトや非科学的な話でなくなったのはいつから? 走馬灯を見る人には特徴がある? 「人生が走馬灯のように見える」は、科学的にどう説明されるのか>

臨死体験(Near Death Experience)の報告などから、人は死の間際に走馬灯のように様々な思い出が映像として見えると広く信じられています。

カナダ、中国、アメリカなどから成る研究チームは先月22日、偶然に記録できた死の前後30秒の脳波を解析したところ、実際に死の直前には短時間で多くの記憶が呼び起こされている可能性があると発表しました。「人生の走馬灯」は、どのように科学的に説明されているのかを解説します。

臨死体験が「オカルト」「作り話」ではなくなるまで

臨死とは、生死をさまよったり、いったん死んだと思われた人が再び生き返ったりすることです。これまでに行われた調査では、心停止から蘇生した人の約1割が、これまでの人生がフラッシュバックされた(走馬灯の体験)、ベッドに横たわる自分の姿を体外から見た(体外離脱)、光のトンネルや死後の世界を見たなどの経験を語っています。

臨死体験の研究は1892年、スイスの地質学者のアルベルト・ハイムが「登山時の事故で臨死体験をした」と発表したことにさかのぼります。20世紀初めにはアメリカの心霊研究家やイギリスの物理学者が研究しましたが、その後、1970年代までは目立った研究はありませんでした。

1975年になると、医師のエリザベス・キューブラー=ロスが『死ぬ瞬間』(邦訳・読売新聞社ほか)、医師で心理学者のレイモンド・ムーディが『かいま見た死後の世界』(邦訳・評論社)を出版したことで、臨死体験が再び注目されるようになりました。とくに『死ぬ瞬間』は、医師という専門家が約200人の臨死患者に聞き取りして統計的にアプローチしたもので、それ以降、医学専門誌などにも臨死体験に科学的なアプローチを試みた論文が掲載されるようになります。

2001年には、オランダの医師ヴァン・ロンメルによる344名の心停止患者を対象とした臨死体験の調査が、世界四大医学雑誌に数えられる「ランセット」に掲載されました。臨死体験は、もはやオカルトや非科学的な作り話ではなくなったのです。

日本で臨死体験の研究が脚光を浴びるようになったのは、昨年亡くなったジャーナリストの立花隆さんの功績が大きいでしょう。1991年のNHKスペシャル「立花隆リポート 臨死体験〜人は死ぬ時 何を見るのか〜」と1994年に出版された『臨死体験』(文藝春秋)で、臨死体験という訳語と最新の研究が一般にも知られるようになりました。

2000年代に入ると医学技術の発達により、心肺停止から蘇生する人の数はかつてよりもさらに増えました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story