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中国航海士・笈川幸司

笈川幸司|中国

第23回 二十年来の友人が北京から会いにきてくれた

彼がまだ清華大学の学生だった頃、アニメサークルを立ち上げ、週一回、彼は荷台のついた自転車にテレビ二台とVCD(DVDみたいなもの)を積んで教室へ急いだ。そこには百名以上の日本アニメファンが待っていた。名探偵コナンが人気だった。二十年近く前のことだ。

その後、彼のアニメサークル仲間と意気投合し、「日本からアニメ声優を北京に呼ぼう!」と話した。

「デスノートのLが好きだ。頼む、山口勝平さんを呼んでくれ!」

私のリクエストを聞き、彼らはすぐ行動に移してくれた。山口勝平さんのいる芸能事務所に連絡し、「スケジュールが決まる前にギャラを振り込むなら」という条件で訪中を快諾してくれた。山口さんは犬夜叉の主演で、犬夜叉の人気キャラ・殺生丸の成田剣さんもいらっしゃり、イベントは大盛り上がりだった。

さて、本題はここからだ。

彼は清華大学で博士号を取得し、独立して自分の会社を持っている。いくつかある彼の仕事の一つはゲーム関係で、中国のシナリオライターに仕事の依頼をしたところ...

「日本が落ちぶれたという人もいるが、すごいところはいっぱいある」

そう話す彼が、ゲームのシナリオをプロの方に書いてもらうと、かなり面白いものの、設定がめちゃくちゃで、周りが振り回され、結局商品にならないのだという。ところが、日本人のシナリオライターに仕事の依頼をすると、キャラクターがどこで生まれてどんな境遇で育って...というところから始まり、その国の通貨はこうで、こんな武器があって...など、頭の中にたくさんの表、たくさんのチェックシートが入っているという。

「笈川先生、あなたがやるべきことは、一人でも多くの日本語教師の頭の中に表を作り、チェックシートを作ることです。そうでないと、あなたのように、学生の日本語力を高めることのできる教師は永遠に少ないままです。同じように、有名講師の授業を見学しても、誰もその先生のようになれません。映画を何度か見ただけで、ポイントはここだぞ!と偉そうに語り、自分の分析力をアピールしたい人でも、同じクオリティの映画を作ることはできません。先生も自覚してください」と言われた。

確かに、日本語教師研修やその類のセミナーは中国各地で行われており、講師陣は授業のやり方を丁寧に提示し、丁寧に説明している。アンケート結果を見ると、「大変勉強になりました」「多くの気づきを得ました」といった回答も目にする。しかし、参加されたかなりの数の先生に聞いたところ、その研修で学んだことを大学に持ち帰り、自分の授業に活かしている人はいなかった。

研修講師は授業の組み立て方がわかっていて説明もうまい。しかし、他人に同じことをさせることができない。セミナー時間が短いため100%できない。しかし、本質をいえば、参加者は、講師が成功するまでの過程で出くわした困難を経験していないし、どんな工夫によってそれを乗り越えられるのかも感覚で選択できるはずもない。つまり、できるはずがない!というのが彼の持論だった。以下は二人の会話だ。

「しかし、私は二年間駒澤千鶴先生の授業から学ぶことができたよ」

「あの、まず、駒澤先生の授業のやり方が優良なバラエティー番組のように手を変え品を変え、学生たちを飽きさせない工夫がところどころにあることに気づいた時点で、クオリティの高い授業ができるスタートラインに立てていると思います。先生は以前売れない芸人だったとおっしゃいますが、多くのお笑い芸人が映画監督になれるのは、映画の作り方を意識しながら映画を見ているからです。普通の人はそうしません」

確かに、教師研修を何度も重ねたものの、外国人の発音をきれいにするための「笈川楽譜」の付け方を誰もマスターしなかった。成果ゼロと言われても反論できない。

しかし、この状況が今、少しずつ変わろうとしている。

教師が学生になったつもりで「楽譜」をつけ、私が採点・添削して、何度もやり直すという、これまで経験したことのない舞台を提供していただいたことで、映画を作る映画監督を育てるような仕事をさせてもらっている。多くの参加者の頭の中には、まだチェックポイントが書かれた表が入っていない。その表とチェックシートをこちらが提示してもすぐ消化できるはずもない。かなりの時間が必要となる。ただ、今は実験段階だが、二ヶ月が過ぎ、すでに楽譜の付け方をほぼマスターできた日本語教師が10名ほどいる。

「映画を見ただけで映画が作れない」

これまでの考えは甘かった。しかし、授業を見学された先生に多くを求めてはいけないとわかった上で、1から学んでもらい、「学生の能力を高める授業」をマスターしてもらえるよう、焦らず一歩一歩進めて行きたい。

友人の訪問で、絶望していた二十年に、明るい希望の光が射したように感じた。

 

Profile

著者プロフィール
笈川幸司

1970年埼玉県所沢市生まれ。中国滞在20年目。北京大学・清華大学両校で10年間教鞭をとった後、中国110都市396校で「日本語学習方法」をテーマに講演会を行う(日本語講演マラソン)。現在は浙江省杭州に住み、日本で就職を希望する世界中の大学生や日本語スキル向上を目指す日本語教師向けにオンライン授業を行っている。目指すは「桃李満天下」。

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