中国航海士・笈川幸司
第15回 中国のオンライン授業について
日本に留学中の教え子数名から、日本でのオンライン授業の状況をすこしだけ聞くことができました。「日本にいながらにして大学に通うことができない」「中国に戻ってきて、日本の大学の授業を受けている」といった2パターンがありました。
もちろん、教え子全員から聞いたわけではなく、もしかしたら、彼女たちの状況がたまたま一致しただけかもしれませんが、それらの話を聞く限り、日本の大学で行われているオンライン授業では、学生全員顔を出しながら授業を受けるようです。「日本らしく、きっちりしています」という感想も合わせて聞きました。
顔出しは役に立つのか?
→役に立つだろう。しかし...
さて、中国では、一部を除き、学生も教師も顔を出さないことが多いようです。ベッドやソファーに横たわりながら授業を受ける学生も少なくないと聞きました。ある教え子に、「ウトウトしない?」と質問したら、「はい、最初の5分以外は寝ています」との答えが返ってきました。自業自得かもしれませんが、このようにして過ごした半年間のオンライン授業によって、「日本語が上達しなかった」「二度とオンライン授業を受けたくない」という声が圧倒的に多かったです。オンライン授業の評判は良くありませんでした。
しかし、中国各地の一流大学と呼ばれる大学の状況を、10校以上の教師、学生の両方から聞いてみたところ、多くは、「教室での授業とオンライン授業では、ほとんど差が感じられない」という回答が得られました。日本の大学のように、全員が顔出しする大学もありました。
しかしながら、私はここで、顔出しをしたほうが良いと提言したいわけではありません。もし、自分が所属する大学の同僚の先生全員が顔出しをしないのに、自分だけが顔出しに力を入れ、この状況を変えるには相当な労力が必要になり、その負担が大きく、授業に専念できなくなるリスクも考えられるからです。
私はいま、中国以外の国の大学と中国の大学向けに授業をしています。大学によって、授業スタイルを変えていますが、顔出しをあきらめ、顔出しナシで効果的に日本語能力が高められる授業法を模索しています。
一流大学、二流大学を問わず、どの大学にも日本語に興味を持たない学生がいるようです。そんな彼らを飽きさせないよう、昔聞いていたラジオのDJのように、テンションを高めに設定し、リズミカルに話し出し、リスナーとの電話のやりとりを盛り上げる手法を取り入れ、常に1対1でやりとりをして、その他大勢の学生にも楽しんでもらっています。素人さんとのやりとりで笑いを取る萩本欽一さんなどの手法も勉強になります。90分を一つの番組のように構成し、学生参加型授業が実現しました。
こうしてオンライン授業の仕組みが整った頃、中国ではコロナが落ち着き、どの大学でも、教室での授業に移行するようになりました。教師も学生も、「あの半年は一体何だったのだろうか」と言い出し、もう一度オンライン授業に戻ることはないだろうと思われていました。
教室での授業も半年が過ぎ、自分を律することのできる一流大学の学生の多くは、オンライン授業を懐かしがっていました。二流大学の学生も、オンライン授業の悪口を言わなくなりました。「あれだけ嫌がっていたのに?」と聞いてみたところ、「そんなこと、言ったっけ?」と言いながら、ソファーに寝そべりながら授業を受けていた一年前の楽しい思い出が頭に浮かぶようです。また、一年前のオンライン授業期間に怠けてしまった学生たちは、教室での授業でも自分の上達が感じられないようで、その不満、怒りをどこにぶつけて良いかわからないようです。よく、各地の先生方が口々におっしゃいます。「学生たちがスマホを持つようになり、やるべきことが増え、そのプレッシャーから、心に余裕が持てなくなった結果、勉強に専念できなくなった」と。ほぼ勉強しかしていなかった20年前の大学生といまの大学生が同じ国の大学生とはとても思えませんが、単にライフスタイルが変わっただけなのかもしれません。
3月1日。
新学期になり、多くの大学では、最初の1週間だけはオンライン授業をすることになりました。学校によっては、最初の三週間はオンライン授業で様子を見て、コロナ感染者が出ないようなら、その後、教室で授業を行うという方針に変わりました。
「こっちが良くないからあっちへ行こう。あっちが良くないならこっちに戻そう。仕方がないね!」というのは、ブレずに一貫性を求める人たちにとっては理解しづらい点かもしれません。しかし、融通の利く良いやり方として、これらは、学生にも教師にも受け入れられているように見えます。
著者プロフィール
- 笈川幸司
1970年埼玉県所沢市生まれ。中国滞在20年目。北京大学・清華大学両校で10年間教鞭をとった後、中国110都市396校で「日本語学習方法」をテーマに講演会を行う(日本語講演マラソン)。現在は浙江省杭州に住み、日本で就職を希望する世界中の大学生や日本語スキル向上を目指す日本語教師向けにオンライン授業を行っている。目指すは「桃李満天下」。