トルコから贈る千夜一夜物語
文化の発信地としてのトルコ ‐ 無形文化遺産リストに新たな4つが加わる
ボツワナで、2023 年 12 月 4 日から 9 日まで無形文化遺産への登録を審議するユネスコの会議が開かれていました。そもそもユネスコの無形文化遺産とは何でしょうか?「無形文化遺産とは、芸能や伝統工芸技術などの形のない文化であって、土地の歴史や生活風習などと密接に関わっているもののこと」と定義されています。
新たに登録されたトルコの無形文化遺産
この会議で、トルコが他の国々と共同で提出した 4 つの登録申請の案件が新たに無形文化遺産として登録されました。トルコにとってはビッグニュースです。これでトルコで無形文化遺産に登録されたものは 30 件となり、登録数の多さでは世界で 2 番目につけています。ユネスコのホームページによりますと、今回新たにリストに加わったものは以下の通りです。
- Iftar/Eftari/Iftar/Iftor and its socio-cultural traditions 「イフタールとその社会的および文化的伝統」(アゼルバイジャン、イラン、トルコ、ウズベキスタンが共同で提案)
- Art of illumination: Təzhib/Tazhib/Zarhalkori/Tezhip/Naqqoshlik 「写本装飾:Tezhip (テズヒープ)」(アゼルバイジャン、イラン、タジキスタン、トルコ、ウズベキスタンが共同で提案)
- Craftsmanship and performing art of balaban/mey 「バラバン/メイの職人技能および演奏技能」 (アゼルバイジャンとトルコによる提案)
- Craftsmanship of mother of pearl inlay 「真珠母貝の螺鈿技法」 (アゼルバイジャンとトルコによる提案)
特筆すべきイフタールの登録
特筆すべきなのは、なんといってもイフタールの登録 (登録名は Iftar/Eftari/Iftar/Iftor and its socio-cultural traditions 「イフタールとその社会的および文化的伝統」) です。
中東に関わったことがある方ならご存じかもしれませんが、イフタールとは断食月ラマダン中のお食事のことです。ラマダン中、イスラム教徒は日中に飲み食いを一切しません。断食月というからには 30 日間飲まず食わずなのかと思われるかもしれませんが、この断食は日の出から始まり日没までです。日没と同時に、断食は解禁。その日初めてのお食事が始まります。これがイフタールです。ちなみにこの断食月は毎年少しずつずれていきますので、来年 2024 年のラマダンは 3 月 23 日から 4 月 21 日までとされています。
さて断食月のイフタールですが、この期間は毎晩のように家族・親族が一同に会し、一緒に食事をとる貴重な時間。断食月の間は毎晩毎晩豪華な食事が並びます。招待されたり招待したり、ちょうど日本の昔のお正月のような雰囲気が1か月も続きます。断食月といっても、毎晩たんまりと食べますのでこの期間に太るイスラム教徒も多いです。イフタールではいわゆるご馳走が食されますので、どの家庭でもほぼ似たようなメニューとなります。断食月は女性たちが何時間もかけてイフタールの食事の準備をします。こうした料理の技法は世代から世代へと継承されていきます。
またこの時期は貧しい人たちへのチャリティーが活発に行われる時期でもあり、トルコでは食料品がシリア難民たちに配られたり、イフタールの食事が公共のエリアで振舞われたりすることもあります。
国連の委員会はイフタールについて次のように評価しています。「the iftar practice is typically transmitted within families, and children and youth are often entrusted with preparing components of traditional meals (イフタールの慣習は通常、家族間で継承され、しばしば子供や若者たちが伝統的な料理法を教えられる場となる)」
このイスラム教に特化した習慣が無形文化遺産として登録されたことは、非常に大きな意味を持つと思います。とりわけ最近では、パレスチナ問題 (およびその延長線としてのガザでの戦闘など) が注目を浴びています。中東のアラブの中ではイスラム教徒が大多数を占めるために、ガザでの犠牲者も必然的にイスラム教徒が大多数を占めます。ハマスを標的にした戦いという建前ではありますが、実際には亡くなるパレスチナ人の多くが女性や子供たちです。そのため「民族浄化」だという声も上がる中、このイスラム教のイフタールが保護されるべき慣習として戦闘のさなかに登録されたことは大きいです。
もちろん今回の提案は、アゼルバイジャン、イラン、トルコ、ウズベキスタンの 4 か国によるもので、アラブ諸国は含まれていません。とはいえ、このイフタールはアラブ諸国を含めた世界中のイスラム教徒すべてに共通の慣習です。
イフタール以外に登録された 3 つの提案
先ほども触れましたが、トルコで登録されている無形文化遺産は 30 件で、登録数の多さでは中国に次ぐ 2 番目です。ここで、イフタール以外に今回登録された他の3件についても簡単にご紹介したいと思います。
- Art of illumination: Təzhib/Tazhib/Zarhalkori/Tezhip/Naqqoshlik 「写本装飾:Tezhip (テズヒープ)」
(アゼルバイジャン、イラン、タジキスタン、トルコ、ウズベキスタンが共同で提案)
テズヒープとは、14 世紀から 18 世紀に写本の挿絵として発展した伝統工芸です。繊細な表現方法で、金箔や金泥、銀泥と水彩絵の具を使って、装飾模様・花・風景・人物を鮮やかに描いていきます。
- Craftsmanship and performing art of balaban/mey 「バラバン/メイの職人技能および演奏技能」
(アゼルバイジャンとトルコによる提案)
伝統的な縦笛です。
- Craftsmanship of mother of pearl inlay 「真珠母貝の螺鈿技法」
(アゼルバイジャンとトルコによる提案)
螺鈿技法はトルコではオスマン帝国時代に全盛期を迎え、16 世紀と 17 世紀にはイスタンブールでこの螺鈿細工を施した家具が流行したようです。オスマン時代の歴史的建造物にもこの細工が施されています。御多分に洩れず、こうした伝統工芸の若い担い手たちが不足しているのはトルコでも同じ。
無形文化遺産に登録される意義
トルコの大地では、多くの帝国や文明が興亡を繰り返し、古の過去から人々が行き交ってきました。トルコは貴重な文化財の宝庫といえます。
残念なことに、昨今の経済不況でトルコ人の生活は圧迫される一方。自分の国に絶望を感じているトルコ人の若者たちが非常に多いのも嘆かわしい現実です。実際、多くの若者が希望しているのはトルコを出て海外で就職すること。これはトルコに限らず中東全体の傾向といえます。
豊かな文化を継承してきたトルコ。今回の登録で、文化の新たな担い手たちの育成に弾みがつき、トルコの貴重な文化がこれからも守られていくように願っています。
著者プロフィール
- 木村菜穂子
中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。
公式HP:https://picturesque-jordan.com