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中東から贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ/エジプト

深刻さを増すトルコの貧困 ‐ 脱却はあるか

i-Stock トルコでは貧困層が増加している

数日前の 1 月 20 日はトルコの学校 (小・中・高) で 1 学期が終了した日で、生徒たちに通知表が配られました。現在、生徒たちは 2 週間の冬休み休暇中。トルコでは通知表が配られる学期末というのは大きなイベントで、多くのトルコ人の子供たちにとっては成績が良かったら親からプレゼントやお小遣いをもらえる日でもあり、家庭によってはちょっと豪華な食事にしたりする日でもあります。

そんな特別な日に、とあるお肉屋さんを舞台にしたある短い動画がトルコのソーシャルメディア上で炎上しました。小学校低学年の可愛い少年がお母さんとお肉を買いに来たところ、「通知表のプレゼントには何をもらうの?」とレポーターに質問され、「通知表のプレゼントにママはお肉 (et) を買った」と答えました。そしてお肉屋さんがこの子供に 3 本のラムチョップをプレゼントするところまでが動画で流されました。


ソーシャルメディア上では、この少年の短い答えはトルコの貧困や窮状を如実に表している、つまりトルコではお肉はもはや特別な日にしか食べれない高級品になってしまって、そうそう食べれない子供が増えている、という嘆きの声がたくさん上がりました。ちなみにトルコでお肉 (et) と呼ばれるのは赤身のお肉で、鶏肉のことではありません。

大統領選挙が迫っているトルコ。6 月の予定だったのが 5 月 14 日になるといわれています。野党の政治家たちによってこの少年の言葉が引用されたことで、その動画が Twitter 上でリツイートされ、「トルコはどうなってしまったのか」「トルコの窮状をみよ」という現状への批判の声が大きくなりました。

しかし後に明らかになったのは、実はこの少年の家庭は貧しくなく、父親は大企業に勤めていて月に何度もお肉を買いに来ているという事実です。その後改めてこの少年と母親にインタビューがなされ、この少年は実は父親からタブレットをプレゼントされていたことが分かりました。

「通知表のプレゼントにママはお肉を買った」というのも嘘ではなく本当ですが、実はこの少年がお肉を食べたがらないので、母親はこの機会にお肉をプレゼントしたいと思ったということです。これでお肉を好きになって食べてくれるだろうと期待したということです。「この少年のコメントの一部だけが取りざたされ、意図が曲げられ、政治的に利用されてしまったのは残念だ」とラムチョップを少年にプレゼントした肉屋の従業員はコメントしています。トルコ語ですが、こちらがその新しいインタビューの動画となります。

こうした真実が歪曲された報道は、迫る大統領選挙に向けて与野党が攻防を繰り広げている現在のトルコの世相を如実に表しているといえるかもしれません。

しかしトルコの貧困が深刻度を増していることは事実です。約 1 か月前にトルコ労働組合連盟 (Turk Is) が行った調査はそれを物語っています。この調査で示されているのは、hunger line (飢餓線または空腹線というのでしょうか) と poverty threshold (貧困線)。4 人家族が暮らすうえで最低限必要とされる金額が提示されています。

例えば、4 人家族が飢えずに何とか食べれるとされる最低金額 (飢餓線) は 8130TL。2023 年 1 月現時点の最低賃金は 10,008TL です (手取りは 8506TL)。実はこの最低賃金は今月から上がったものです。昨年 12 月つまりほんの 1 か月ほど前には最低賃金は現在の約半額の 5500TL だったのです。ということは、飢餓線を下回る金額で多くのトルコ人家庭が過ごしていたということです。最低賃金が値上げされたとはいえ、インフレ率が 170% ともいわれている現状では物価の上昇のスピードのほうがはるかに速く、焼け石に水であることも否定できません。

さらにこの報告によると、4 人家族の貧困線は 1 か月で 26481TL だといわれています。貧困線とは「統計上、生活に必要な物を購入できる最低限の収入を表す指標。それ以下の収入では一家の生活が支えられないことを意味する。貧困線上にある世帯や個人は、娯楽や嗜好品に振り分けられる収入が存在しない」と定義されています。この 26481TL という金額は、現在の最低賃金の実に 3 倍以上です。実はトルコの人口の約 90% が貧困だともいう報告もあります。これは少し大げさなのではないかと思いますが、それにしてもトルコの貧困率は毎月上がっているといえます。

このすべてがここ 2 年弱で起きているので、このスピードの速さに誰もがついていけていないのが現状です。もちろん一部の富裕層を除いては。私が拠点としているガジアンテプでは、ショッピングモールは常に人で溢れていますし、スターバックスなどのカフェもいつも満席。ガジアンテプには中小企業がたくさんありますので、選びさえしなければ仕事はあります。大都市やガジアンテプのような商業都市では、貧困をまざまざと目の当たりにすることはまだそれほどないかもしれません。が、田舎に行けば行くほど貧困率も上がります。

「チーズ危機」も現在大きな問題になっています。昨年 12 月のことですが、チーズの値段が赤身のお肉の値段を越えたと報道されていました。ある記事によると、執筆時点で 700 グラムのチェダーチーズが 115-165 TLで売られていました。対して牛ひき肉は 110-150 リラだったということです。チーズがお肉より高くなるのはトルコの歴史上初めてのこと。

その理由というのが、経済危機で牛に餌をやることができないため。トルコは飼料を輸入に頼っているようで、リラ安ドル高に伴い価格が急騰しています。ここ半年ほどの間に 200 万ほどの乳用牛が殺処分されているそうです。そのためもはや牛乳が手に入りにくくなり、連動してチーズの値段が高騰しているのだということです。

貧しい家庭では赤身のお肉はもともと手に入りにくい食べ物ですが、トルコの朝食に絶対に欠かせないチーズまで高騰して手に入らなくなるとなるというのは、トルコの文化そのものを揺るがす大事態だといえます。

iStock-955301730.jpgi-Stock トルコの朝食

そんな中、サウジアラビアがトルコ中央銀行への 50 億ドル (約7000億円) の預け入れについて協議に入っているという記事が出ました。この協議がなされていたのは昨年の 11 月下旬ですから、現在はすでにこの投資がなされたものと思われます。これにより、トルコ経済を安定させる効果が期待されています。また再選を狙う現大統領にとっては追い風になるとみられています。サウジとトルコの関係は 2018 年に在トルコのサウジ大使館で起きたサウジのジャーナリスト ジャマル・カショジ氏の殺害によって冷え切っていましたが、今回の投資によって今後二国間の経済的・政治的連携が深まることも期待されています。

さて泥沼に入り込んだように見えるトルコの経済危機...。この状態からトルコが脱却できるのは果たしていつなのでしょう。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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