中東から贈る千夜一夜物語
イスタンブールの爆発事件はいったん解決...トルコが抱える今後の課題とは?
イスタンブールのイスティクラル通りで起きた 11 月 13 日の爆発事件。事件の現場となったこのイスティクラル通りは、イスタンブールで、いや、トルコ全土でも最も賑わっている通りの 1 つといっても良いと思います。私もイスタンブールに住んでいた時、このイスティクラル通りにはしょっちゅう足を運んでいました。週に 3 回ほどは利用していたと思います。
今回の爆破では 6 名が死亡 (一部では 8 名という報道も) で 80 人以上が負傷しました。亡くなった人の中には小さな子供も含まれます。
事件発生から 24 時間も経たないうちに容疑者は特定・逮捕されました。事件後すぐにエルドアン大統領は「テロの疑いがある」とコメントしていましたが、やはりテロと断定されました。
容疑者はクルド系シリア人の女性で、4 か月前にトルコに不法入国したとのこと。クルド労働者党 (PKK) とシリアのクルド人武装組織 人民防衛隊 (YPG) で特殊部隊としての訓練を受けたと供述しているようです。PKK と YPG はいずれもトルコ政府によってテロ組織だと指定されています。ただ、いずれのグループも関与を否定しているようで、逮捕されたこの女性の供述がどこまで信頼できるのかはこれからもっと調査されるかと思います。
トルコ警察は非常に優秀で、1200 ほど取り付けられていた近辺の監視カメラを徹底的に解析し、爆破事件があった数時間後には 40 人以上を逮捕したようですが、その中にこの主犯格の女性も含まれていたということです。カメラの解析によると、この女性はイスティクラル通りのとある場所に 40 分ほど座って携帯でやり取りをした後に、爆発物が入った紙袋(またはビニール袋)を残して立ち去ったようです。それが 1,2 分後に大爆発。この女性はタクシーで現場を立ち去りました。警官が彼女を拘束した時、自宅には大量の金や現金が保管されていたようです。これを使ってギリシャへ逃れる予定だったようです。
容疑者の逮捕で事件は早々に解決を見ました。とはいえ、彼女に指示を与えたのは誰か (あるいはどのグループか)? という調査は引き続き続きますし、それこそが最も重要な問題です。関与している組織は全く別のもので、「万が一逮捕されたときには PKK と YPG の名前を挙げろ」と指示されていた可能性も皆無ではないと思います。あるニュース番組によると IS (イスラム国) の関与も否定できないということです。
いずれにしても、トルコは大きな課題を抱えることになりました。ここ 5 年ほどはテロなどの脅威にさらされることもなく、平和な期間を謳歌してきたトルコ。もちろんその陰には、昼夜を問わずに働くトルコ警察の存在があります。コロナ後に観光客も増えていますし、深刻な経済不況の打開策として観光客のさらなる誘致はトルコの最優先課題でもありました。こうしたテロが起きることで、観光に影響が出ることは避けられません。もちろん今回の一件は素早く解決されました。もしこの一件で食い止めることができるなら、マイナスの影響を最小限にとどめることができると思います。
さらに問題になるのは、このシリア人女性が Afrin (アフリン) というシリア北部のエリアからトルコに不法入国したという点。Afrin はトルコ政府がクルド人掃討作戦を続けているエリアでもあります。将来的にはこのエリアを「Safe Zone」に指定してトルコに住むシリア難民たちを移動させたいというのがトルコ政府の思惑。が、事はそう簡単に行っていません。
Afrin への (つまりシリア領土内への) トルコ軍の進軍は欧米諸国によって非難されていますし、シリアのアサド大統領ももちろん異議を唱えています。現時点でトルコ軍の管轄下にあるこのエリアで、なおかつトルコとの国境は閉じられているのになぜ入国できたのか。数は少なくなっているものの、シリアからの不法入国者は今でも一定数います。不法な金銭のやり取りがある場合(いや、あることは確かですが)、この面にも今後メスが入れられるのではないかと思います。
2023 年 6 月の大統領選挙を前に、治安の確保は大きな課題となります。美しい国トルコ。そんなトルコの平和がテロで脅かされるのは残念でなりません。11 月 10 日はトルコ建国の父と呼ばれるケマル・アタチュルクの命日でした。アタチュルクが行ったスピーチの中にこの有名な一文があります。「Ne mutlu Türküm diyene!」英語では「How happy is the one who says I am a Turk! (私はトルコ人だといえる人は幸いだ)」。
このようにしてアタチュルクは、民族同士の敵対感情をぬぐい去り、「トルコ国籍を持つという意味においてのトルコ人」という共通概念によって結ばれた新しいトルコ、新しいトルコ人の姿を目指したといわれています。理想と現実はなかなか一致しないものですが、国を破壊するのではなく良い所に変えていくという認識を一人一人が持ちたい...という願いが単なる理想で終わらないことを祈っています。
著者プロフィール
- 木村菜穂子
中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。
公式HP:https://picturesque-jordan.com