中東から贈る千夜一夜物語
増え続ける移民対策としてトルコが取った政策とは...
経済不況に改善の兆しが見えないトルコ。何度か記事にもしましたが、トルコ経済は 1 年半ほど前に急激に悪化し始めました。その後ここ半年ほどは、どん底にとどまって這い上がれないような状態。どちらかと言えば、じわじわではありますが、さらに悪化の一途をたどっているかのように見えます。
あまりの短期間に急降下したので、それと比べると今は低空飛行といった具合か。人々もその状況に慣れてしまったかのような印象があります。とはいえ、生活が良くなるわけではなく苦しいまま、あるいはさらに苦しくなっているのは事実。これがさらに 1 年、2 年と長期で続くと一体どうなるのか...トルコ国民がどこまで耐え忍べるのか未知数です。
トルコに住む外国人も影響を受けています。ここでいう外国人とは、難民のことではありません。もちろん、トルコが屈指の難民受け入れ大国であることはよく知られた事実です。シリア難民はもちろんのこと、最近ではウクライナからの避難民も押し寄せています。もちろん圧倒的に多いのはシリア難民。登録されているだけで360万人。
トルコの経済が悪化するに伴い、シリア難民への風当たりがどんどん強くなっていることについては、以前の記事でも触れました。とはいえ、難民として受け入れられた人たちは今のところトルコに問題なく滞在することができます。しかし今回この経済不況の影響を受けているのは、こうした難民以外のトルコ在住の外国人たち。
トルコが難民以外の外国人居留者を引き寄せる理由とは
外国人たちが難民としてではなくトルコに移住してくる理由は様々。トルコの美しさに魅了されて移動してくる外国人たち、よりよい生活を求めて移動してくる外国人たち、仕事のためにやってくる外国人たち、生活費が安く済むので引っ越してくる外国人たち...イランや最近ではロシアなどから政治的な理由でトルコに移動してくる外国人も多いです。
日本に住んでおられる皆様からするとトルコを移住先に選ぶなんてあまりお考えになったことがないかもしれませんが、実はトルコは実に様々な国々の外国人を惹きつけてきました。外国人居住者の数は年々増えています。
さらに、トルコには難民ではないシリア人たちがかなりいます。どういうことかといいますと、シリア人の中には難民として扱われることを好まない人たちが一定数いて、こうしたシリア人たちは通常の外国人居留者と同じような立場で滞在しているのです。
通常、シリア人たちは難民指定されると「キムリク」と呼ばれる身分証明書を所持します。難民として国からの保護の対象になりますが、居住地の制限や都市間の移動に許可が必要など、生活にかなりの制限が課されます。保護されるけど自由はないということです。
こうした制限を好まないシリア人たちは、通常の外国人居留者と同じような手段 (次のセクションでお伝えするイカメットを取得するという方法) でトルコに滞在します。戦争のために国を逃れたという意味では彼らも「難民」であることには間違いないのですが、書類上では難民扱いされていないということです。
トルコで長期滞在を希望する場合の要件とは
トルコでは入国に際して 90 日間有効なビザがもらえます。日本人の場合は到着時に空港で発給されますが、国によっては事前にビザの申請・取得をしてからでないとトルコに入国できない場合もあります。いずれにしても 90 日間はトルコに滞在が可能。でもそれ以上の滞在を希望する外国人は「イカメット(ikamet)」と呼ばれる滞在許可証を現地で申請して取得する必要があります。
イカメットには幾つかの種類がありますが、一般的には Short-term Ikamet と呼ばれるイカメットを取得する外国人がほとんどです。Short-term Ikametは、観光目的であったり、ビジネスを始めたい人であったり、特定の学校に通わずにトルコ語を学習したい人であったり...ほとんど全ての滞在目的をカバーする万能な滞在許可です。
「Short-term」といっても、そして「観光目的」といっても、通常で 1 年、長ければ 2 年有効なものが発行されるのがこれまでの標準でした。そして更新も容易で、このイカメットを 10 年以上更新し続けることも可能です (なお 8 年以上トルコに滞在しており特定の条件をクリアした人は、Long-term Ikamet -長期ステイのためのイカメット- を申請できます)。こうした大らかなイカメット制度のお陰で、トルコに移動してくる外国人も少なくありませんでした。
トルコで取得が可能なイカメット (滞在許可証) の種類
イカメットには幾つかの種類があります。例えば学生用のイカメット。ただしこれはトルコに来る前に自国で手続きを済ませなければならず、いったんトルコに入国してからは手続きができません。別の種類としては、就労用のイカメット。これは就労許可があれば自動的にもらえますが、バックアップしてくれる会社や組織などに所属している必要があります。
ですから、とりあえず移動してくる外国人やリモートワークが可能な外国人の場合、Short-term Ikamet を取得するのが一般的です。
受難の時期を迎える外国人たち
生活費が安いのに、ヨーロッパと比べても遜色がない生活レベル。場合によってはヨーロッパよりも進んでいる面もあり、非常に暮らしやすい―これが多くの外国人をトルコに引き付けてきた理由でもあります。が、この経済不況でトルコは生活費が安い国とは言えなくなりつつあります。
さらに外国人にとって一番ダメージが大きいのが、以前は簡単に取得できていたイカメットが取得しにくくなっていること。イカメットがないと、トルコにとどまるすべはありません。もしもらえないと、泣く泣くトルコを後にするしかありません。これまでは考えられなかったことですが、最近ではイカメットの申請が拒否されるというケースが増えています。
拒否の対象になる人種は様々。フランス人、カナダ人、アメリカ人などいわゆるリッチな国々からの移住者であっても拒否されるケースが相次いでいます。はたから見ると、こうした外国人たちはトルコでお金をばらまくので経済の活性化につながるのではないか? 拒否する理由などないのではないか? と思ってしまいます。
トルコで制定された新しい法律について
その理由として挙げられるのが、トルコで 2022 年 7 月に制定された新しい法律。一時的居留者である外国人人口の割合は、そこに住むトルコ人の 25% を超えてはならないというものです。外国人の人口の割合がトルコ人に対して 25% をすでに超えている地区ではイカメットは新規に発行されません。この規制の対象になるのは、すべての外国人。
これはもともとは主にシリア人を対象にしたものだと思われます。トルコの経済不況の原因の一部はシリア難民にあるという見方はトルコ社会で根強いです。ですから排除の動きが高まっています。
さらにシリア人はアラブコミュニティに埋没しがちで、一か所に集まって大きなコミュニティを作る傾向があります。そうなると、ここはトルコではなくシリアかと錯覚してしまうほど周りはアラブだけという環境が出来上がります。聞こえるのはアラビア語だけ、お店もアラブが所有するもの、レストランもアラブ系。
もちろんシリア人だけではありません。規模はかなり小さいとはいえ、同じようにアフリカ人がコミュニティを作り上げているエリアもあります。ロシア人やウクライナ人も同じ。やはり同胞がいる場所に集まりがちです。コミュニティが作られたところではビジネスが始まり、さらに多くの同胞を引き寄せる結果になります。こうなると、もともと住んでいるトルコ人たちにとっては快適な環境ではなくなります。
考えてもみてください。自分たちが慣れ親しんできた地域に、ある時から特定の人種が大挙して押し寄せ始め、コミュニティを形成し、どんどん増え続ける...。別の言語が主流になり、自分の国にいながら、自分の国ではないような違和感...。こんな状況がトルコ中のあちこちで見られているのです。トルコ人が危機感を抱くのも当然です。さらにこうしたコミュニティに埋没する外国人の場合、トルコ語を学ぶ必要がありません。ですからトルコ人との壁は大きくなる一方という結果になります。
先ほど書いたように、外国人の数がトルコ人の数の 25% をすでに超えている地区ではイカメットの新規発行が禁止されます。このいわゆる「閉じられた地区」はトルコ全土で現在1169に上ります。とはいえ、今後も増える可能性が十分にあります。
こうした地区をリスト化したものは政府によって発行されており、どの外国人でも参照することができます。この「閉じられた地区」に引っ越してくる外国人は人種に関わらず、イカメットを取得できません。
だったら、こうした「閉じられた地区」にさえ住まなければいいのではないか、と思われるかもしれませんが、事はそうシンプルではありません。
まず、こうした「閉じられた地区」というのは外国人にとって住みやすい。住みやすいというのは、例えば交通の便が良いなど生活がしやすいエリアということです。住みにくいエリアにわざわざ住みたいと思う外国人は少ないでしょう。
さらにこのリストに載せられていないにもかかわらず、イカメットの発行が拒否される地区があります。加えて、すでにこれまで数年という単位でそのエリアに住んできたのに、更新を拒否される人たちもいます。
ですからイカメットの更新時期が近づくと、どの外国人も戦々恐々です。県にもよりますが、移民局で働く係員にかなりの権限が任されている場合もあり、イカメットを更新してもらえるかもらえないか、どれくらいもらえるか、半年なのか 1 年なのか...こうしたことが係官のその日の気分によって決まるかのようなケースも見受けられています。自分の将来は、自分のアポイントの日にどの係官が対応するかで決まる...などというギャンブルにも似た状況になります。
新しい法律が制定された背景と思えること
あくまで筆者個人の意見ですが、この新しい法律が制定された理由について考えてみました。先ほども書いたように、トルコの経済が悪化するにつれてシリア難民への風当たりが強くなっています。シリア内戦が始まってから 12 年目の今年。シリア人を国に帰らせろという声はトルコ社会で年々高まっています。シリア難民を積極的に受け入れてきた現政権とシリア難民排除を声高に叫ぶ野党側。2023年の大統領選挙を控えて、難民対策は注目の的になっています。今回の新しい法律の背景にはこうしたトルコ国内の現状が関係していると思います。
個人的には、この新しい法律はシリア人を主に対象にしたものだと思っています。先のセクションで触れたように、難民として扱われることを好まないシリア人たちは、通常の外国人と同じように観光目的のイカメットで滞在しています。これまではこのタイプのイカメットを 7 年 8 年と更新し続けることができました。
しかし、この新しい法律の施行に伴い、シリア人たちのイカメットが更新されないケースが相次いでいます。シリア国籍では欧米へ渡る道は限りなく狭く、かといってトルコにとどまることもできず、最終的にシリアに帰らざるを得ないシリア人たちが増えています。これが新しい法律の究極の目的なのではないかと思います。
この記事で少し触れましたが、欧米からの移住者に対してイカメットの新規発行や更新を拒否するのはトルコの経済にプラスにならないのではないかとも思えます。ただし現状ではシリア人以外の外国人たちもこの新しい法律から大きな影響を受ける結果になっています。とはいえ、トルコでは外国人に関わる法律は絶えず変わりますので、数か月後には全く別の状況になっていることもあり得ます。
イカメット取得にまつわるよもやま話
外国人に関わる法律は数か月単位で変わることがあります。そのため、イカメット申請のアポイントの日が 1 週間違うだけで天と地ほどに結果が異なるということもよくあります。
私がまだイスタンブールに住んでいたころ、ある時期イカメットの更新のハードルが恐ろしく高くなったことがあります。イカメットの申請に必要な書類の要項が変わり、病院での健康診断の結果やトルコの裁判所発行の無犯罪証明までが求められた時期がありました。ちょうどその時期に更新時期を迎えた私は、あちこち走り回って必死に書類をかき集め、また病院での健康診断に高額を支払いました。
ところが、奔走した挙句にもらえたイカメットの有効期限はたったの半年...。がっくりとしました。また半年後に同じ工程を繰り返すのか...と。この時期、あまりにも高いハードルに音を上げて、トルコを離れることにした友達もいました。
ところが、ある日を境に法律がいきなり変わりました。私のアポイントから 1 週間後にアポイントだった日本人の友達は、病院での検査も裁判所が発行する無犯罪証明も必要なく、1 年間有効なイカメットを難なく取得。「これまでで一番簡単だった」とコメントしていました。
ですから、もう運というしかないのです。笑うか泣くかは運次第という...ギャンブルにも似たこのイカメット取得のプロセス。これはトルコで暮らすために絶対に通らなければならない儀式です。
経済不況や難民問題など大きな課題に直面しているトルコ。住んでいる外国人も時に大きく影響を受けながらのトルコ生活です。
著者プロフィール
- 木村菜穂子
中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。
公式HP:https://picturesque-jordan.com