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トルコから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ

言語を学ぶときに大切なのは「語学力」より「コミュニケーション力」

iStock - 言語の多様性

一般的な日本人にとって一番最初に勉強する外国語は英語かもしれません。日本語が不自由なく通じるのは日本だけ。日本を出て日本語が通じない場所で孤軍奮闘するなどというシチュエーションに置かれると、母国語が日本語であることが恨めしく思えたりもします。英語圏で育っていればこんなに苦労しなかったのに...と。

筆者は日本を離れて 14 年。英語は既に習得済みの段階で、中東に渡りました。ヨルダンとレバノンでアラビア語 (Levantine Arabic) を学び、現在はトルコ語を学んでいます。自身も語学習得に励む一方、これまでいろいろな国の人たちがアラビア語とトルコ語を学ぼうとするのを目にしてきました。こうした観察の中で、人種に関わらず語学習得には外せない幾つかのカギがあるのではないかという結論に至りました。

なお、言語習得が非常に速い人たちもいます。筆者の友達の中にも 7,8 か国語を自由に操り、アラビア語もトルコ語もあっという間にマスターしてしまうツワモノが数人います (国籍は様々)。もうこれは talented または gifted というしかない人たちで、生まれ持ったセンスがある。読者の方でそういう人がいらっしゃるなら、ただただその gift に感謝してください...。

iStock-864589956.jpgiStock - 言語を難なく習得する人もいる...

でも多くの人たちにとって、語学習得は高い山に一歩一歩登っていくかのような地味な行程なのではないかと思います。あっという間にどんな言語もモノにする才能に恵まれた人たちと自分を比べる必要はないと思います。生まれ持った才能がないとしても、語学の習得は可能なはずだからです。というのは、赤ちゃんはどんな言語であっても、自分が置かれたその環境で話されている言語を必ずマスターします。ですから、言語習得のコツは赤ちゃんが学ぶように言語を学ぶということだと思います。

簡単に要約すると、1.よく聞くこと、2.言語のリズムを理解すること、3.耳から入ってきた音をそのまま真似ること、4.分かることに集中すること (反対に言うと、分からなくてもパニックにならないこと)、5. 「ネイティブセンス」を培うこと...などです。それぞれのポイントについては後から詳しく書きたいと思いますが、まず「語学力」と「コミュニケーション力」の違いについて私なりに分析したことを書きたいと思います。なお、語学の学習方法については五万というメソッドがあります。今回の記事の内容はあくまで個人的な視点で書いたものです。筆者なりの分析や定義ですので、こういう意見もあるのだなと思っていただければと思います。

筆者が思う「語学力」と「コミュニケーション力」の違いとは

語学力とは、対象の言語の文法や規則をよく理解していることで、正しくその言語を話せることと関係があると思います。一方、コミュニケーション力とは読んでそのまま、他者とスムーズにコミュニケーションを図れる能力のことです。正しく話せることに越したことはもちろんありません。言語学習の究極の目標はそれです。でも言語学習者の場合、まず必要なのはコミュニケーション力ではないかと思います。コミュニケーション力があれば語学力はいずれついてくる。でもコミュニケーション力がなければ、語学力があっても他者とのコミュニケーションがうまく行かない可能性があります。

筆者は 20 代前半でイギリスに語学留学をしました。留学といっても半年という短い期間でしたが...。留学前から英語はある程度話せていましたし、文法もある程度理解していました。英検 2 級くらいのレベルだったのではないかと思います。ですからコミュニケーションを取るのには十分な語学力だったと思います。ところが実際にイギリスに行くと、ネイティブを前にして話せない。緊張して言葉が出てこない。緊張するのでネイティブと話すのが恐くなる。恐いので話さない。話さないので、本場にいても英語は伸びない。そんな自分に落ち込む。そう、負のスパイラルにはまってしまいました。半年という短い期間の留学なのに、辛すぎてもう帰りたいと母に涙ながらに訴えたこともあります。またとない機会だったのになんと勿体ない...。

そんな辛くて悲しい日々をイギリスで過ごしていた時に、筆者の友達が遊びに来てくれました。友達といっても母と同年代のおばちゃんです。英語なんて全く話せない友達でしたが、ジェスチャーを交えてネイティブと対等に話していて、彼らの笑いを取り、お互いすごく楽しそう。語学力がないのになぜ? と思ったときに、気づきました。この差はコミュニケーション力だということに。私は失敗を恐れ過ぎて自分の殻に閉じこもっていたのです。どんなに文法の知識があっても、コミュニケーション力がなくては役に立ちません。そもそも言語というのは、コミュニケーションのツールであるべきものだからです。私にとっては目からうろこの発見でした。

iStock-1342076833.jpgiStock - 従来の学習方法は知識が増えるばかりで消化不良になることが多い

この経験を通して心に決めたことがあります。イギリスではうまく行かなかったけど、次に海外に住むことがあれば、自分の殻に閉じこもることは絶対にしない。完璧主義から脱却して積極的にコミュニケーションを取ろうということです。

この「語学力」と「コミュニケーション力」には違いがあるという自説は、日本に帰ってからさらに裏付けられました。地域的なこともあり私にはフィリピン人の友達が多くいたのですが、彼らの多くはかなりブロークンな英語を話していました。文法的にはめちゃくちゃ。それでも英語ネイティブは気にする様子もありません。きちんとコミュニケーションが取れているし、伝えたいことが伝わっている。何より会話が弾んでいる。イギリスで英語を一応学んだ身としてはもっと話せるはずだったのに、その頃の私はやっぱり間違いを恐れる傾向がかなり強かったと思います。自分を笑うことができず、完璧主義になりがち。誰も完璧にはなれませんから、理想と現実とのギャップに落ち込む。がむしゃらに頑張るわりに空振りが多かった 20 代でした。

そんな時期を経ながら、何とか英語はそれなりのレベルになりました。でも時間がすごくかかりましたし、英語の勉強そのものを楽しんだかというと...多分ノーです。もちろん話せるようになるとコミュニケーションが取れることからくる楽しみはありました。ここでも気づいたことがあります。コミュニケーションのツールとしての言語というものは本来、話すことを純粋に楽しむことによって学習するものだと。

iStock-1057500046.jpgiStock - リラックスして会話を楽しむことは語学向上のカギの1つ

筆者の言語学習の方向性を決めたメソッド

イギリス留学後に英語教授法といわれる TESOL のコースを受講しました。TESOL とは「Teaching English to Speakers of Other Languages」を短くしたもので、英語を母国語としない人に英語を教えるためのテクニックを学ぶコースです。最近では、海外の大学でこのコースを受講する留学生も多いのではないでしょうか。難しいようですが、理論は簡単です。語学はイスに座ってガリガリ勉強するものではない、自然な形で自然な表現を身につけてこそ習得できるものだという理論に基づき、赤ちゃんが言語を吸収するときのように右脳と左脳をフルに活用した教え方を学ぶものです。

実際に赤ちゃんは、文法をまず勉強したりしません。最初の 1 年 2 年は聞くだけ。ただただ聞きます。そして話し始めます。文法の知識も何もないのですが、聞いたことを真似して口にし始め、簡単な言葉を話し始めます。そう、まずはコミュニケーション力です。その後、語学力はグングングンと大人顔負けに上がっていきます。

iStock-519396478.jpgiStock - 赤ちゃんはコミュニケーション力に優れている


人間の脳が語学を習得する方法としては、赤ちゃんが言語を習得する過程が一番効果的・効率的なのです。そもそも誰もがそうやって母国語を学んできたわけですから、第 2 言語を学ぶ時も同じ原理が当てはまります。

イギリス留学でうすうす感じていましたが、このメソッドを学ぶことで自分が目指す語学学習の方向性が定まりました。そして人生はどう転ぶか分からない。なんとアラビア語のためにヨルダン留学をすることになりました。イギリス留学の二の舞は決して踏まない、と心に決めていました。この度は、赤ちゃんが言語を学ぶメソッドを自分に適用することで、語学はぐんぐん伸び、何より楽しく学ぶことができました。

以前の記事で触れたアラビア語の特異性ゆえに、文法などの教材がほとんどなかったことがかえって良かったのだと思います。というのも私が習得したいと思っていたのは、正式アラビア語フスハーではなく、Levantine Arabic という方言だったからです。14年前は Levantine Arabic の文法書のようなものも Youtube のチャンネルもほぼありませんでした。これを習得するためには、アラブ世界にとことん漬かり、ネイティブが話す音を真似するしか学ぶ方法がなかったのです。結果的にそれが功を奏したのだと思います。

現在トルコ語は学習を始めてから 2 年近くになります。ブロークンですがコミュニケーションには問題ありません。ただし自分の中では 2 年経つんだったらもっと話せても良い、と思う気持ちがあります。実は私がトルコ語に取り組み始めたのはコロナ中。コロナ禍で外部との接触がかなり制限されていたため、トルコ語にどっぷり漬かる機会がほとんどありませんでした。今後、トルコ社会との接触が増えるにつれて、トルコ語もぐんぐん伸びるであろうと甘い期待を抱いております。

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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