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イタリアの緑のこころ

石井直子|イタリア

美しきマテーラ 荒廃・困窮から世界遺産・欧州文化首都に

峡谷の岩盤の洞窟を住居として利用した家が並ぶマテーラの風景 2020/9/16 photo: Naoko Ishii

 その洞窟住居地区と岩窟教会公園が1993年にユネスコ世界遺産となった南イタリアの町、マテーラをご存じでしょうか。その独特な風景の美しさから、007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』をはじめとして、イタリア国内外の様々な映画やドラマの舞台ともなっているバジリカータ州の町です。

 そのマテーラを舞台に個性的な女性副検事が活躍するイタリアの推理ドラマ、『マテーラの検察官インマ・タタランニ』は、日本でも3月2日にミステリーチャンネルで放映され、4月にも再放送が予定されています。

 マテーラはさらに、ラヴェンナやペルージャ・アッシジ、シエナなど、イタリアの他の歴史ある文化遺産の多い町を抑えて、2019年の欧州文化首都に選ばれています。

 世界最古の都市の一つであり、旧石器時代の住居も残るマテーラでは、凝灰岩の岩盤に空いた洞窟を利用したサッシ(Sassi)と呼ばれる住居が、古くからつくられていました。中世には、信仰を守るために東方から逃れてきた修道士や一般の人々の移住のおかげもあって、貯水槽も有するさらなる洞窟住居がつくられて都市化が進み、美しいフレスコ画のある岩窟教会も築かれ、15世紀から19世紀にかけては、中心街の広大な居住地区に教会や大きな館が建造されていきました。ところが第二次世界大戦後には、サッシの人口が増えて約1万6千人となり、保健衛生状況が悪化して、1951年には「国の恥」(Vergnogna Nazionale)とさえ評されました。

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洞窟住居でのかつての暮らしを知ることができるマテーラの博物館 2019/9/16 photo: Naoko Ishii

 第二次世界大戦中に、マテーラが属するバジリカータ州の別の村で、農民たちが劣悪な居住環境や貧困やマラリアなどの病気に苦しんでいたこと、けれども古代ローマの昔からファシスト政権に至るまで、歴代の統治者は農民たちから税を搾り取るだけで、その悲惨な暮らしを改善しようとしなかったことを、わたしは、22年前にカルロ・レーヴィの自伝的小説、『キリストはエボリで止まった』を読み、また、イタリア文学の授業で作品について詳しく学んで知っていました。

 けれども、今は景観の美しさで知られるマテーラの町も、かつてはほぼ同様に貧困や劣悪な衛生環境に苦しんでいたこと、その後、紆余曲折を経て状況の改善が進み、世界遺産と認められるほどまでになったのは、この小説と作者であるカルロ・レーヴィの貢献によるところが大きいということは、2020年9月にマテーラを訪ねてガイドつきの徒歩ツアーに参加したとき、ガイドを務めてくれていた地元の若者の説明を聞いて初めて知って、驚きました。

 北イタリアのトリノ出身のカルロ・レーヴィ(1902-1975)は、医学部を卒業したものの、絵画や文学、政治に関心があったために医者にはならず、反ファシズム運動を行っていたために投獄され、出所するものの再び逮捕され、1935年に古代からルカーニアと呼ばれていた現在のバジリカータ州に流刑になります。流刑の地となった村で、狭い家の中に大勢の家族が、しかも家畜と共に暮らし、先述のような極貧の不衛生な生活を余儀なくされていたことを、わたしはこの小説を読んで知りました。『キリストはエボリで止まった』という小説の題名は、地元の人々が口にする言葉であり、人間らしい暮らしや現代化による生活の改善はエボリで止まってしまい、その南には及ばず、南部では今も農民が厳しい生活を強いられていることを、作者はまず題名でも告発しています。流刑先の村でレーヴィは、病気に苦しんでも医者にかかれず薬も手に入れられない村人の窮状を見て、医師として村人たちを診療・治療する許可を得て、国を自分たちを脅かす存在ととらえて生きてきた、心温かい村人たちとの交流を深め、皆から慕われるようになります。作品ではそうした村の状況や村人との交流と共に、イタリア南部の問題とその原因についての考察が書かれ、問題を解決していくための方法も示唆しています。昨年だったか、テレビで放映された映画を見てまた、かつてのバジリカータ州の村での暮らしの厳しさとレーヴィの温かさに心を打たれました。

→  記事、「町を荒廃から救った作家カルロ・レーヴィ、情熱とペンの力  〜 美しきマテーラ 荒廃・困窮から世界遺産・欧州文化首都に 後編」に続きます。

 

Profile

著者プロフィール
石井直子

イタリア、ペルージャ在住の日本語教師・通訳。山や湖など自然に親しみ、歩くのが好きです。高校国語教師の職を辞し、イタリアに語学留学。イタリアの大学と大学院で、外国語としてのイタリア語教育法を専攻し卒業。現在は日本語を教えるほか、商談や観光などの通訳、イタリア語の授業、記事の執筆などの仕事もしています。

ブログ:イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia

Twitter@naoko_perugia

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