World Voice

コペンハーゲンで考える、生き物の話

姫岡優介|デンマーク

ビールの国、デンマーク

(photo by author)

デンマーク。

北欧の小さな島国。立ち並ぶおもちゃ箱のように色とりどりの家。なかに入れば目に飛び込んでくるのはミニマリズムの粋を集めたおしゃれな北欧家具たち。また、レゴやアンデルセン童話を産んだ国としても知られる、穏やかなおとぎ話のような国。

なんてのもまぁデンマークの一側面ではあるんだけども、デンマークといえば兎にも角にもビール。デンマークはビールの国といっても良いんじゃなかろうか。

Probably, The Best Beer In The World.

それがデンマークのビール最大手Carlsbergのキャッチコピー。いまはコロナでなかなか空港に行くことはないけども、それ以前は出張で空港に行けばもうそこらのディスプレイでこのおじさん(デンマークの有名な俳優で「北欧の至宝」の異名があるらしい...強そう...)がひたすら "...Probably" って言ってる。もう何回聞いたことか。

スーパーのビールコーナーなんてこんな感じ。種類も量も...ねぇ笑

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右奥のガラス2枚分以外は全てビール(photo by author)

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こっちは種類じゃなくて量で攻めていくパターン(photo by author)

さて、そんなわけでデンマーク国民から愛されまくっているビール。このビールにまつわる話を2回に分けて書いていこうと思います。今回はその1回目。

掛け値なしに美味いデンマークビール

本題に入る前に、デンマークがいかにビール大好きかをお伝えするために最高のビールバーを紹介させてください。

コペンハーゲンは基本どこに行っても美味しいビールにありつけます。街中のカフェでは3種類程度、本格的なビールバーに行けば15~20種類以上のビールがタップで用意されています。そのためどのようなビアスタイルであっても1つは飲みたいものがあるはず。数あるビールバーでも特に最高なのは(店名タップでGoogle mapに飛びます)

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Mikkeller & Friendsmikkeler.jpeg

の3店舗(写真は全て著者撮影)。ビール好きでコペンハーゲンに来る機会があればぜひ。

特にTapHouseはおよそ60種類のタップが常時あるので間違いなく興味をそそるビールがあるのではなかろうか。

もしこの3店舗を回ってなお飲み足りないのであればDispensary, Mikkeller Bar, Himmeriget, Søernes Ølbar あたりをどうぞ。どこも最高に美味しいです。

日本にも例えばØL Tokyo(渋谷)や Mikkeller渋谷神田)など北欧系のビールバーがあるので是非。

ビール愛溢れる余談でした。本題に戻ります。

現代ビールの父、カールスバーグ

数年前、カールスバーグ博物館から150年ほど昔のビールが偶然発見された。カールスバーグ研究所の職員たちは持てる技術を総動員してそのビールの復刻に挑んだ。

プロジェクトは実を結び、復刻されたビールはその醸造年をとってCarlsberg 1883として、カールスバーグらしくない真っ赤なラベルで店頭に並んでいる。

ワインでもあるまいし、醸造年から名前をつけるなんてビールにしては珍しい。ところがこれには大きな理由がある。

1883年というのは、それ以降のビール製造に大変革を及ぼす「純粋培養」という技術がカールスバーグ研究所で確立された年。カールスバーグだけでなくビール史にとって特別な年なのだ。

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もともと、ビールの醸造は簡単にいうと自家製のヨーグルトをつくるようなものだった。どこかから「タネ」になるビールを持ってきて麦汁に混ぜる。出来上がったビールは全部飲まずにとっておいて、次回醸造の「タネ」にする。時代ごとに進歩はあるけども、ざっくりは言えばこんな塩梅。

きょうび自家製ヨーグルトは、企業が作ったヨーグルトを「タネ」にして作ることができる。しかし当時ビールのタネはもとを辿ればどこかで偶然出来たビールだったはずだ。継ぎ足しで作られた「秘伝のタレ」的なものだったのだ。

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腐敗と発酵に化学的な差はない。どちらも微生物が食物を食べ、何か別の化学物質を出すという点で全く同じであり、両者を分けるのは人間がそれを食べたいと思うかどうかだ。

したがって発酵と腐敗を厳密にコントロールすることは難しかった。なんらかの理由で麦汁が腐ってしまうこともあっただろうし、また逆に美味しいお酒になることもあっただろう。

ラッキーと熟練した職人のカンで出来た美味しいビールを、「タネ」として使っていたのだ。

ところがいくら職人が経験豊富であろうと、自家製ヨーグルトが毎回同じ味にならないように、継ぎ足し継ぎ足しで造る発酵食品は味が安定しない。

家族で消費する範囲ならば味のゆらぎも楽しみのひとつになるだろう。しかし製品として扱うにはこれは困った問題だ。もちろん発酵ではなく腐敗になってしまうことも幾度となくあっただろう。なんとかして味をコントロール出来ないものだろうか。

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時代は下り徐々に発酵についての科学が進むと重要なことが分かってきた。これは人類にとって本当にラッキーな事実なのだが、ビールを造っているのは実はたった一種類の微生物 Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セルビシエ)だったのだ。

一般的には酵母やイーストと呼ばれる、パン作りにも用いられる馴染みの微生物だ。ちなみにSaccharomyces cerevisiaeとは「糖を食べるビールの菌」といった感じの意味らしい。

なぜビールはある年は美味く、しかしある年はまずく、時として腐敗してしまうのか。その答えは煎じ詰めれば酵母がちゃんと育つことが出来たかどうかだった。

もしもこれが、「100万種類の微生物が絶妙なバランスで協力しないとビールは出来ない」などであればビール造りはもっともっと難しく、ビールはかなり高級品だっただろう(ワインもS. cerevisiaeだが日本酒は他に2種類の微生物が必要)。

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たった1滴の水のなかにも多種多様な微生物が生存し得る。そのなかから「ひとつ」を見出すなんて大変だっただろうな....(photo from iStock)

つまりだ。美味しいビールを安定して毎年造るためには、この酵母「だけ」を取り出して増やし、殺菌した麦汁に振りかけて蓋をしてやれば良い。

「一種類の酵母を取り出して育てる」という方法、「純粋培養」に初めて成功したのがカールスバーグ社の研究者エミール・クリスチャン・ハンセンであり、この出来事が1883年を記念すべき年にした。

これはビール史の3大発明のひとつに数えられている。現在では使われていない学名だが、この時代に発見されたいくつかの酵母たちは社名を取ってSaccharomyces carlsbergensis(サッカロマイセス・カールスベルゲンシス)と名付けられたらしい。

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この発見以降、人類は安定して、簡単に、大量にビールを造ることができるようになった。逆に言えばもしもこの発見がなければいまでもビールの味は安定せず、ブランド毎のビールの特徴などなかったかも知れない。「アサヒが一番だ」、「いやエビスだ」なんて喧々諤々の議論を居酒屋でとばせるのも、純粋培養法確立に負っているところがあるのだ。

日本でカールスバーグを見つけたら是非とも、遠い遠い北欧でなされた発見に思いを馳せながら飲んでほしい。なんせ世界でいちばんのビールなのだから。きっと。

 

Profile

著者プロフィール
姫岡優介

90年生まれ、東北大→東大院。現在、デンマークはコペンハーゲンでシステム生物学の研究をしています。「生きている状態」というのはどういった意味で特別な状態なのかということを数学的に理解することが目標です。もうすこしサイエンスが多くの方にとって身近になればいいなと思っています。twitter: https://twitter.com/yhimeoka

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