World Voice

コペンハーゲンで考える、生き物の話

姫岡優介|デンマーク

生命進化を実験室で

(image from iStock)

「地球の歴史をまたやり直したら、果たしてわれわれは誕生しているだろうか」

これはアメリカの進化学者スティーヴン・ジェイ・グールド のベストセラー『ワンダフルライフ』で投げかけられた問いだ。

進化論はチャールズ・ダーウィンが『種の起源』を著して以来、本当に多くの誤解に晒されてきた。

そのなかでも特によく見られる誤解のひとつが「優れた生物種や機能だけが生き残って進化してきた」というものだ。

いやもちろん、なんらかの意味で生存に適していれば生き残る確率は増える。

しかし"Survival of the fittest"で語られる自然選択説に対して、木村資生の分子進化の中立説が"Survival of the luckiest"で表現されるように、進化には偶然の寄与がとんでもなく大きい。

僕たち人間が37億年にも及ぶ生命進化の果てに誕生したのはただの偶然かも知れないのだ。

進化のテープを巻き戻してみたらどうなるのだろうか

(分子進化と生物種の進化の関係をここで論じないのは乱暴だけどブログだから許して)

進化を目で見る

進化のテープを巻き戻す以前に、進化のテープを「再生」すること、つまり進化をこの目で見ることは出来るのだろうか。

進化論への根強い批判のひとつが「進化は実験室で再現が出来ないから科学ではない」というものがある。

実はこの批判は厳密には間違っている。進化は実験室で起こすことが出来る。

これは巨大な寒天培地に大腸菌を撒いてその進化を確認する実験。寒天培地には栄養とともに抗生物質が塗布されており、その濃度は端から中心に行くほど濃くなっている。

大腸菌は最初、寒天培地の両端に撒かれる。そこに抗生物質はないので大腸菌はぐんぐんその数を増やしていくがいずれ餌を食べ尽くしてしまう。

残された選択肢は2つで、栄養の枯渇したエリアで座して死を待つか、抗生物質の塗布されたフロンティアへ挑むかだ。

もちろん大腸菌は「どっちに行こう...」と人間みたいに悩みはしないと思うが、一部の細胞たちはそのフロンティアへと挑んでいく。

そしてそのうちの幸運な数匹が抗生物質に耐性のある遺伝子変異を獲得するとその子孫たちがフロンティアへとぐんぐん広がり、またそこの餌を食い尽くす。

これを繰り返していくうちになんと祖先がギリギリ死んでしまう抗生物質濃度のなんと1,000倍の濃度でも成長することが出来るように進化する。

___

ちょっと余談

進化で薬剤が効かなくなってしまった細菌を薬剤耐性菌と呼ぶ。
人類が新しい抗生物質を見つけるのは菌の進化より圧倒的に遅いので、薬剤耐性菌の出現を促進する安易な抗生物質の使用は避けないといけない。

この問題に対するアプローチは様々だが、例えばファージ療法と呼ばれる「菌が進化するのが困るなら、薬も勝手に進化するものを使えばいいじゃん!」という発想のものもある。

これは細菌専門に感染する「ファージ」と呼ばれるウィルスを薬として使おうというもので、たとえ菌が進化しようとファージも一緒に進化してくれるので薬を頑張って探す必要ない、というものだ。

ファージはものすごく選り好みをして感染を起こすので、ターゲットとした細菌以外への感染が考えられないため一部の国(ロシア、ジョージア、ポーランドなど)では使われているらしい(とはいえまぁ、このコロナ禍だと怖い印象ありますよね、、、全然関係ないウィルスなんですけどね、、、)

iStock-1179038792.jpg

この使徒っぽいのがファージ(image from iStock)

進化の原動力

進化実験の研究でもっとも有名なものが俗に「レンスキー実験」と呼ばれる、ミシガン大学のリチャード・レンスキーが1988年から行っている実験だ。

この実験はもう、至極簡単。来る日も来る日も大腸菌を育てるだけ。それが30年以上続いている。

朝(かどうか分からないけど)実験室に来たら、前日育て始めた大腸菌の培養液の一部を新しい培養液に移し替える。これを毎日行う。

大腸菌は30分程度で1回分裂し、大きいフラスコの中にはだいたい100億から1,000億匹いるので、1日で分裂イベントはざっくりと1兆回近く起こっていることになる。

遺伝子の突然変異率はとても低いけど、毎日放っておけば1兆回もガチャが回せるのだ。SSRの変異も起こるだろう。

しかも微生物は適切な処理をしたのちに−80℃の冷凍庫で凍らせれば、半永久的に保存することができる。
そのためある時点での進化の「セーブデータ」を作っておけば、またそこから始めることが出来るし、複数の実験を始めれば、偶然性がどれほど影響を与えるかも調べることが出来る。

レンスキー実験とその関連研究に関してはかなりの論文が出ているのでその全てを解説すること諦めて、個人的に感銘を受けた結果だけ紹介したい。

レンスキー実験で起こった進化はこのようなものだった。ざっくり言って違う色が違う種を表しており、左から右に行くほど世代が進む。

aさんのサイト
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どうやら2万世代経っても進化はどこかに落ち着くわけではなく、様々な種が出ては消え、まだ続いているように見える。
(2020年時点では世代は7万を数えている)

この実験で極めて重要なことは、環境自体はずっと一定だったということだ。
Davis Minimal Mediumという培地で37℃。これがずーーーっと続く。

生命進化の歴史において大きな進化が起こった際は「超大陸の出現」「酸素濃度の増加」「全球凍結」など地球レベルでの環境変動が関係していることが多いけれど、そのような大規模な環境変動は進化が続くための必須条件ではなさそうなのだ。

では進化の原動力はなんなのか。
もちろんただのランダムウォークのように種が変化している部分もあるが、どうやら大腸菌の進化それ自体が環境を変え、また進化を駆動しているのかも知れない。

___

この実験の類似の進化実験で非常に面白い現象が観察された。
もともと1種類だった大腸菌が2種に分かれ、一方が他方を排出物を食べるようになったのだ。

ミシガン大学のジュリアン・アダムズは進化実験において世代が進むとともに、細胞集団が大きなコロニーを作るものと小さなコロニーを作るもの、2つのグループに分岐することを発見した。

当初アダムズはなにか別の微生物が間違って入り込んでしまったのだと思い、実験を中断して一からやり直した。
ところが再び行われた実験でもこの分化は確認できた。どうもこれは単純な実験失敗ではないらしい。

詳しく調べてみると、進化の結果、餌として与えていたブドウ糖を食べるグループと、そのグループが排出した酢酸を栄養にして育つグループが祖先から分岐していたことが分かったのだ。

大腸菌は栄養が多いところで育つと餌を中途半端に食べて、まだ栄養として使えるにも関わらず捨てるという「美味しい部分だけ食べる」ことがある。
(面白いことにこの「美味しい部分だけ食べる」現象は酵母やガン細胞にも見られており、それぞれCrabtree EffectとWarbrug Effectとして知られている)

「捨てる神あれば拾う神あり」じゃないが、この酢酸はまだ食べられる。
そのため一部のグループはブドウ糖早食い競争の舞台からは降りて、その酢酸を食べる方向に進化したのかも知れない。

生命進化の方程式

まだまだ分からないことだらけではあるが、レンスキー実験に代表される一連の進化実験を通じて「進化」への理解はかなり前進した。

とくに「進化それ自体が新しいニッチをつくる」ということが実験的に示唆されたのは歴史的な出来事ではないだろうか
(もちろんこの研究について議論はあるので諸手を挙げて歓迎するのはまずいけれど)

もし生命の活動が環境に一切影響を与えないのだとしたら、環境の変動は生命の進化よりずっと遅いので「環境への適応」は比較的簡単だ。

しかし他の種の進化によって環境が変わってしまうというのは、周囲の人の意見によって正解が変わるクイズのようなもので「明確な正解」がない。

進化生物学には「赤の女王仮説」という考え方がある。これはルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』のなかで赤の女王が発したセリフ

その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない

からつけられた名前で、種・個体・遺伝子が生き残るためには進化し続けなければならないことの比喩として使われる。

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(illust from Wikimedia Commons)


環境が一定ではないどころか、周囲の種が進化することで生態系における自分の立ち位置も変わってしまうのであれば、「この状態になれば上がり」といった安寧の地はどんな生物にとっても望むべくもない。

「進化」というとどうも次第に何かが発展、改善しているという語感がある。
しかし長い進化を大局的に見れば何かが改善しているというより、ただただ置かれた生態系内での生存を目指して闇雲に走り回ってるだけなのかも知れない。
(ここら辺の事情が最小作用、自由エネルギー最小化などの伝統的な物理の感覚が生命科学であまり役に立たない理由な気がする)

進化実験はいまや多くの研究室で行われるようになり、解析をするための技術や数学的ツールもレンスキーが実験を始めた当初に比べて飛躍的に発展した。

その結果「テープの巻き戻し」をした時に同じように現れる性質と、単なる偶然で発生する現象を区別することも可能になった。

もしかすると近い将来、ボールの軌道を予測するニュートン方程式のように、生命進化の方向を予測する方程式が発見されるかも知れない。

 

Profile

著者プロフィール
姫岡優介

90年生まれ、東北大→東大院。現在、デンマークはコペンハーゲンでシステム生物学の研究をしています。「生きている状態」というのはどういった意味で特別な状態なのかということを数学的に理解することが目標です。もうすこしサイエンスが多くの方にとって身近になればいいなと思っています。twitter: https://twitter.com/yhimeoka

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