最新記事

ウクライナ戦争

狡猾なプーチンの「グレーゾーン侵略」 安上りで報復不可能、そして被害は甚大

Weaponizing Migrants

2022年7月27日(水)17時44分
エリザベス・ブラウ(フォーリン・ポリシー誌コラムニスト)

いまヨーロッパに押し寄せているのは、ウクライナ侵攻の間接的な犠牲者の第1波でしかない。今後、その数が激増することはほぼ確実だろう。

「密入国の斡旋業者から、ヨーロッパに渡れば楽な暮らしができると吹き込まれて、決断する人もいる」と、イエズス会難民サービス国際部門のトーマス・スモリッチ代表は言う。「避難民を生まないように各国政府が連携してやれることは、何であれ重要だ」

さらにスモリッチは「ウクライナ侵攻の影響を受けている国々で、多くの人々が状況を見極めようとしている」と続けた。「彼らは今後の食料事情とインフレの高まりを考え、いつ避難すべきかと検討している。他国への避難を考えている人は大勢いる」

だが「政治家や治安当局はこの問題がもたらすリスクに気付いていない」と、昨年8月までアフガニスタンでNATO上級民間代表を務めていたステファノ・ポンテコルボは言う。「避難民の絶対数はまだ少なく、政治家はその数字しか見ていない。避難民を乗せたボートが毎日何隻もやって来るようになってから慌てても、もう手遅れだ」

武力を使わず他国にダメージを与える作戦

イルバ・ヨハンソン欧州委員(内務担当)も同じ考えだ。彼女は先頃、密入国斡旋業者が集まるニジェールとの連携強化に触れて、「国境地帯に危機が訪れるまで待つのではなく、もっと早い段階から手を打つ必要がある」と語った。

だが物価高騰に終わりは見えず、密入国対策でニジェール当局と連携を強化しても今の流れは変えられそうにない。各国が何年も前から国境警備を強化していることを受けて、密入国の斡旋業者も新たなルートを見つけているようだ。

こうした混乱こそ、まさにプーチンが狙っていたことかもしれない。さしものプーチンも、ウクライナの穀倉地帯への攻撃や黒海の輸送路の遮断が食料危機を引き起こすことを最初から意識していたわけではなかった可能性はある。しかし、彼が今までも甚大な影響をもたらす大混乱を意図して引き起こしてきたことは間違いない。

プーチンの盟友であるベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が昨年やったように、プーチンも不法移民を利用して、「グレーゾーン侵略(武力行使を伴わずに他国に被害をもたらす作戦)」を進めている。この作戦がもたらす混乱は、今後ますます大きくなるだろう。

EUはこの狡猾な作戦に、どう対抗していくのか。人為的に大勢の避難民を生み出してロシアに向かわせるのは実行不可能だし、倫理に反する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中