中国側に「寝返った」ジャッキー・チェン、「父親がスパイだった」過去が背景に
2017年の第89回アカデミー賞でのジャッキー・チェン Mario Anzuoni-REUTERS
<香港のヒーローだったジャッキー・チェンが、ある時から「中国による支配」を礼賛し始め、現地で毛嫌いされるように。その裏にあった「家族の物語」とは>
世界で最も有名なアジア人の一人といえば、香港出身のアクションスターであるジャッキー・チェンだろう。
2012年に映画でのアクション映画から引退すると言っていたアクション映画から引退すると言っていたジャッキーだが、2022年末に公開される予定の次回作でもアクションが入っているという。現時点でその映画「Ride On」はまず中国市場で公開されることになっている。
そんなジャッキーが世界で大きく飛躍を始めたのは、1996年。3度目の正直となるハリウッド進出で、映画『レッド・ブロンクス』をひっさげて全米興行収入1位の快挙を成し遂げた。
当時アメリカに住んでいた筆者は、なんと言っても、アメリカの音楽専門テレビ局MTVで、ジャッキーが1995年の「特別功労賞」を授与されたのをよく覚えている。その授与式でアメリカの映画監督クエンティン・タランティーノがまだ一般にはあまり知られていなかったジャッキーを興奮気味に全米に紹介、「ジャッキー・チェンの映画を見たら、とにかくジャッキー・チェンになりたくなる」と語った。それが『レッド・ブロンクス』の成功にもつながったと言えよう。
「中国人は誰かに支配されたほうがいい」
香港を拠点にこれまで200作品以上の映画を世に送りだしたジャッキーだが、近年は評判が芳しくない。そのきっかけを作ったとされるのが、2009年にジャッキーが、中国の海南島で開催されたビジネス関連のイベントで述べた次のコメントだった。
「今、私は混乱している。あまり自由になりすぎると、今の香港のようになってしまう。混沌としているのです。台湾だって混沌としている......われわれ中国人は規制をされたり、誰かに支配されたほうがいいのではないかと徐々に考えるようになっている。コントロールされないと何でもやりたいことをやってしまうから」
この辺りから、ジャッキーと中国本土との関係がクローズアップされるようになった。2011年には米ホワイトハウスで国内の人権問題で批判されていた胡錦濤国家主席と共にディナーに参加している。また、中国本土や中国共産党を持ち上げるような発言もよく聞かれるようになり、香港や台湾の多くの人たちから白い目で見られるようになった。