最新記事

EU

ジャーナリストを恫喝・執拗な嫌がらせ訴訟から守る計画をEUが発表

2022年4月28日(木)18時35分
川和田周

汚職を追求したマシュー・カルアナ・ガリジアは爆弾によって殺害された REUTERS/Darrin Zammit Lupi

<スラップ(SLAPP、恫喝訴訟)防止指令により、EU加盟国は英国で下された判決の承認を拒否することも可能になる>

今週、欧州連合(EU)執行部は、汚職や不正行為の摘発に取り組むジャーナリストや運動家を、執拗な訴訟から保護するための措置を提案した。

欧州委員会はこの提案で、裕福な個人や企業が法律を利用して調査記者や非政府組織を脅したり黙らせたりしようとする、いわゆる「公的参加に対する戦略的訴訟」(Slapps)と呼ばれるものを標的にしている。この種の提案としては欧州で初と、英ガーディアン紙が伝えている。

草案によれば、EU域内のジャーナリストやNGOは、複数のEU加盟国が関与する「明白な根拠のない」裁判を破棄するよう裁判所に訴えることができるようになる。

また、欧州の名誉毀損の中心地と呼ばれるロンドンに対抗して、加盟国の裁判所は、非EU諸国からのスラップ訴訟の判決の承認や執行に対し、拒否することが可能になる。

EU当局によれば、EUは国境をまたぐ事件で、被告が裕福な場合に頻発する、自己に有利な法廷地を選んで原告が訴訟提起をする「フォーラム・ショッピング」を排除できると考えている。

一方で、拘束力のない別の勧告として、委員会は加盟国に対し、濫用的な訴訟の最も一般的な形態である国境を越えた要素のない煩わしい裁判を取り締まるよう求めてもいる。

脅かされる表現の自由と誹謗中傷

表現の自由の解釈が増幅し、それを悪意に濫用するような訴訟は近年ヨーロッパで急増しており、表現の自由に対する脅威が増し、司法制度や法の支配が変質しているという警告が人権専門家から発せられている。

2017年にマルタ共和国のジョゼフ・ムスカット首相の汚職を追求し続けていた調査報道ジャーナリスト、ダフネ・カルアナ・ガリツィアが殺害されたとき、彼女はロンドンの弁護士が関与したケースを含め、さまざまな企業人や政治家からの47の訴訟を抱えていた。

この時、彼女の長男で、悪用された訴訟に反対する全欧キャンペーンを主導している調査ジャーナリスト、マシュー・カルアナ・ガリジアは、スラップ(SLAPP、恫喝訴訟)が母の人生を「生き地獄」にしていたと語った。

「スラップは人生を狂わせる。キャリアも人生も台無しにされる。私の母がそうでした。他の多くのジャーナリストもそうだ」と彼はガーディアンに語った。

スラップ(SLAPP、恫喝訴訟)のせいで疲弊しているジャーナリストはかなりの数がいるとされる。昨年、イタリアのコリエレ・デラ・セラの犯罪記者チェーザレ・ジウッツィは、組織犯罪組織のメンバーやその親族、政治家、警察、企業関係者から50回以上訴えられたとして、公的イベントでの講演を断念することを発表した。

フェイスブックによると、これまで自分に不利な判決を下した裁判官はいなかったが、公の場で発言したことが原因で、不当な疑惑と戦うことに疲れ果ててしまったという。

<関連記事>
なぜフランスは「人質になったジャーナリスト」を英雄視し、日本は自己責任と切り捨てるのか

ウクライナはジャーナリストを殺す?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カタール、ガザ停戦交渉の仲介中断 「当事者が真剣な

ワールド

トランプ氏、アリゾナ州でも勝利 激戦7州全て制す=

ビジネス

次期政権との衝突懸念せず、インフレ低下は共通の望み

ビジネス

気候変動の影響注視しつつ2%インフレ目標維持したい
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:米大統領選と日本経済
特集:米大統領選と日本経済
2024年11月 5日/2024年11月12日号(10/29発売)

トランプ vs ハリスの結果次第で日本の金利・為替・景気はここまで変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ軍ドローン、1000キロ離れたロシア拠点に突っ込む瞬間映像...カスピ海で初の攻撃
  • 2
    「歌声が聞こえない」...ライブを台無しにする絶叫ファンはK-POPの「掛け声」に学べ
  • 3
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大人気」の動物、フィンランドで撮影に成功
  • 4
    メーガン妃は王室を信頼しなかった【スタッフの証言】
  • 5
    ネアンデルタール人「絶滅」の理由「2集団が互いに無…
  • 6
    「反ユダヤ」は暴発寸前だった...アムステルダム、サ…
  • 7
    「遮熱・断熱効果が10年持続」 窓ガラス用「次世代…
  • 8
    後ろの女性がやたらと近い...投票の列に並ぶ男性を困…
  • 9
    世界中で「キモノ」が巻き起こしたセンセーション...…
  • 10
    小児性愛者エプスタイン、23歳の女性は「自分には年…
  • 1
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウクライナ軍と北朝鮮兵が初交戦
  • 2
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大人気」の動物、フィンランドで撮影に成功
  • 3
    「歌声が聞こえない」...ライブを台無しにする絶叫ファンはK-POPの「掛け声」に学べ
  • 4
    「家族は見た目も、心も冷たい」と語る、ヘンリー王…
  • 5
    予算オーバー、目的地に届かず中断...イギリス高速鉄…
  • 6
    「遮熱・断熱効果が10年持続」 窓ガラス用「次世代…
  • 7
    「トイレにヘビ!」家の便器から現れた侵入者、その…
  • 8
    「ダンスする銀河」「宙に浮かぶ魔女の横顔」NASAが…
  • 9
    後ろの女性がやたらと近い...投票の列に並ぶ男性を困…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、1000キロ離れたロシア拠点に…
  • 1
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 2
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 3
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 4
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 5
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 8
    予算オーバー、目的地に届かず中断...イギリス高速鉄…
  • 9
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 10
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中