ウクライナ侵攻の展望 「米ロ衝突」の現実味と、「新・核戦争」計画の中身

CRISIS COULD TURN NUCLEAR

2022年2月26日(土)13時33分
ウィリアム・アーキン(元米陸軍情報分析官)、マーク・アンバインダー(ジャーナリスト)

バイデン政権が唱える新たな核戦争計画は、自国で保有する全ての軍事・非軍事兵器をひとまとめに新たな抑止力と見なし、敵を物理的に打ち負かすのではなく、機能不全に陥らせることを目指している。

核兵器と通常兵器の境目は、かつてないほど曖昧になっている。それに伴い、75年以上にわたって核兵器の使用を思いとどまらせてきた「戦略的安定」という概念も時代遅れになってきた。ロシアの戦車がウクライナ領に攻め込むかどうかは別として、何らかの軍事衝突が起きれば、この新時代の戦争計画が初めて実行に移されることになる。

昨年6月、アメリカとカナダは冷戦終結以降で最大規模の合同軍事演習を実施した。カナダ北部とアラスカ、グリーンランドにある9つの基地に100機以上の戦闘機と支援部隊を展開させた。演習の目的は、北回りで侵入してくるロシアの爆撃機による攻撃を阻止することにあった。

まだウクライナ情勢が緊迫化する前の段階で、なぜそんな演習が行われたのか。冷戦時代の演習では、迎撃作戦はアメリカの国境付近で行われ、戦闘機がどう対応するかは大なり小なり搭乗員の判断に委ねられていた。しかし今回の演習では、国境から遠く離れた場所で、しかも何千キロにもわたる広い空域で戦闘機を動かした。ステルス戦闘機F22ラプターは北極圏上空でロシア国境まで約300キロの距離まで接近した。遠く離れていても各機は互いに連絡を取り合い、地上局や人工衛星からの指示や情報を受信できた。そして地上では、サイバー戦や宇宙戦のプロが目に見えぬ貢献をしていた。

複数ドメインの攻撃を高度に統合

こうした複数ドメイン(領域)の統合は、現代における戦争の特徴の1つだ。戦闘機の攻撃能力が増していることに加え、今は通常兵器の長距離ミサイルやミサイル防衛システム、サイバー戦、宇宙戦、さらには敵国に潜入した特殊部隊までが統合され、一体として運用できる。

悪夢の9.11同時多発テロから20年、途切れのない紛争に対応するなかでアメリカの戦争遂行能力は高度に統合されてきた。今や通常兵器もデジタル兵器も核戦争計画に盛り込まれている。核兵器の脅威が最大の抑止力とされていたのは昔の話で、今はもっと柔軟で適応力の高い戦争計画が策定され、そこでは心理戦や秘密の偽装工作も含めて「政府の全体」が統合されている。

こうした変化を反映させるため、米戦略軍(STRATCOM)は2019年4月30日に、ほぼ10年ぶりで戦争計画の大改訂版を作成した。1000ページを超す膨大な文書だが、そこではロシアと中国、イラン、北朝鮮の脅威を念頭に、改めて「大国間の競争」に焦点を当てている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、米国でセダンEV2車種の開発計画を中止 需要

ビジネス

トランプ関税で「為替含め市場不安定」、早期見直しを

ワールド

中国は自由貿易を支持する─G20会合で人民銀総裁=

ワールド

世銀、インド成長率予想を6.3%に下方修正 世界的
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 2
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 6
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「iPhone利用者」の割合が高い国…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中