最新記事

ルポ新宿歌舞伎町「夜の街」のリアル

【コロナルポ】若者が感染を広げているのか? 夜の街叩きに火を着けた専門家の「反省」

ARE THEY TO BLAME?

2021年4月2日(金)16時45分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

magSR210401_kabukicho10.jpg

クラスター対策班で感染拡大の防止に務めた押谷 HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

押谷は現状を尋ねるこちらの質問に「グッドニュースとバッドニュースがある」という言い方で返すことがある。未知の感染症対策は常にグレーゾーンの中で動く。だからこそ良い情報と、悪い情報に目を配り、リスクを最小化する必要がある、というスタンスが彼の言葉のチョイスから垣間見える。

「新宿区に緊急事態宣言を出したとしても、感染リスクの高い人たちが別の地域に移動するリスクが生まれる。シングルマザーでキャバクラ勤めをしている人たちは、どこで働けばいいのかという問題も起きる。強い対策をして、感染者が見えなくなってしまえば、感染経路を追うという対策そのものが取れなくなる。大事なのは、当事者の理解を得られる形での対策を進めることだ」

◇ ◇ ◇

押谷と共に、厚労省クラスター対策班で分析を担った北海道大学教授の西浦博は7月4日、Zoomの画面越しに大きくうなずきながら、新宿区の試みを評価した。「ものすごく重要な挑戦です。大げさな言い方をすると、歌舞伎町のようなエリアで、積極的な疫学調査で予防できる最後の希望的試みと言っていいでしょう。強権的な検査をしたり、業務に影響したりするようなやり方を取ると、クラスターが見えなくなる」

新宿区の対策がなぜ重要なのか、その見解について押谷と西浦で大きな差はない。最大の差は、メディアにほとんど出ない押谷に比べて西浦が多弁であったことだ。「8割おじさん」として全国にその名が知られることになり、自身の知らないところで「西浦さんの予測どおりだ」「いや、8割接触削減は大げさだ」といろいろな声が飛び交った。彼自身がツイッターなどで積極的にハイリスクな産業を名指しし、かつ独自に記者会見を開き、何も対策を取らなければ「約42万人」が亡くなるというシミュレーションを4月15日に発表したことも大きいだろう。

私も彼の言動を時に厳しく批判してきた。あまりに感染症対策を優先し、それは例えば若いホストのような経済的に苦しい人々をより追い詰めることになるのではないか、と。西浦が口にしたのも「反省」だった。

西浦の話──「42万人というのはあくまでシミュレーションで、データをコンピューターに入れて結果が出たというものにすぎません。データ分析の専門家に分かるのは、リスクがリスクであるという事実まで。どこで感染が広がっていて、このままどうなるかという予測を出したり、リスク評価することはできる。だけど、それと流行対策に関してどう伝えるかは別の問題だった。丁寧に切り分けて話さないといけなかった」

4月の西浦会見を誰よりも厳しく批判したのは押谷だった。なぜ批判したのか、これまで多くを語ってこなかった押谷は、私がその理由を聞くと、一瞬間を置いてこう語った。

「あれはやっぱり言うべきじゃなかったと本人に伝えました。推計値は前提条件を変えればいくらでも別の数値が出てくる。それならば、レンジ(幅)を持って伝えるべきなのに、ピンポイントに何も対策をしなければ42万人の死者が出るという数字を出すのは、科学者としてどうなんだと。しかも流行は収束に向かっている時期だった。最悪のことは常に僕たちは想定していますが、それをどう伝えるかは別問題です。リスクコミュニケーションとしてあれでいいのか、と。現実は、あの時点で緊急事態宣言も出していたし、もう対策をしているわけです」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中