【コロナルポ】歌舞伎町ホストたちの真っ当すぎる対策──「夜の街」のリアル
ARE THEY TO BLAME?
手塚マキ(中央)と彼が経営する店のホストたち(新宿歌舞伎町) HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN
<クラスター発生報道でやり玉に挙がった新宿歌舞伎町のホスト。彼らは本当に「けしからん」存在なのか──ノンフィクションライターの石戸諭氏が、名指しされた人々の声を集めた>
(本誌2020年8月4日号「ルポ新宿歌舞伎町『夜の街』のリアル」特集から全文を2回に分けて転載。本記事はその前編です)
新宿区長の吉住健一が、すがるような思いでフェイスブックのメッセンジャーを起動させたのは2020年6月1日のことだった。5月25日の緊急事態宣言解除後に、彼は2014年の区長初当選以降、最大の危機を迎えていた。
吉住は、旧知の間柄であり新宿歌舞伎町でホストクラブやバーなどを経営する「Smappa! Group」会長──そして、歌舞伎町商店街振興組合常任理事でもある──手塚マキにこう送った。「会って話したい。教えてほしいことがある」
97年にホストとして歌舞伎町に足を踏み入れた手塚は、一ホストから経営側に回り、今では16店舗を展開する老舗グループのボスである。
新宿区保健所──。歌舞伎町とゴールデン街に挟まれた新宿区役所から徒歩5分程度、新宿三丁目駅に直結する庁舎1階の一室に、感染症対策を担う担当課長、係長の医師が3人、そして保健師10人の机が並んでいる。5月下旬、新型コロナウイルス対策最前線で感染経路を追う新宿区の保健師たちからは、悲痛な声が上がっていた。管内に特定感染症指定医療機関があり、かつ長年HIVなど感染症対策にも取り組んできた、この業界で「日本屈指の経験値を持つ」と評される保健師たちである。
コロナウイルスに感染した患者、クラスター(集団感染)として報告が上がってきた中に、どう見てもホスト特有の外見の若者たちがいる。だが、彼らは調査に対し、大事なことを何も明らかにしなかった。「無職です」と歌舞伎町で働いていることを頑として認めず、接触者についても「言いたくありません」と口を閉ざす。現場を指揮する新宿区保健所長で医師でもある高橋郁美を通じて、吉住の元に上がってくる報告は、日増しに切迫感を増していた。
その理由はこうだ。新型コロナウイルスの明確な特徴は、まずもって20代、30代の大多数が無症状もしくは軽症であることだ。新規感染者として報告が上がってくるホスト風の若者たちも例外ではなく、本人たちの症状は軽い。だが、この事実をもって、彼らにリスクがないことを意味しない。厚生労働省クラスター対策班が明らかにしてきたのは、約8割は誰にも感染させておらず、十数%の人も1人に感染させて終わっているということだった。
厄介なのはここからだ。このウイルスは残った数%の人たちが5人、10人と大多数に感染させてクラスターの引き金となる。しかも、感染させるリスクは重症度とは関係がない。無症状、軽症者を起点にクラスターが発生するリスクがあり、誰が多く感染させてしまうのかは事前には誰にも分からない。
高橋が常に懸念しているのは、ホストの若者が起点となるクラスターが、別のクラスターを連鎖的に生み出すことだった。例えばホストたちから感染した客の家族内で感染が広がり、そこからさらに別の集団に感染者が出始め、やがて経路が分からない孤発例が増えていく。市中感染が広がれば、ハイリスクな高齢者が多数いる介護施設や病院内にウイルスが持ち込まれる。そうなる前に、経路を追える段階から突き止め、接触者に検査を受けてもらい、自宅やホテルで過ごしてもらう。必要なのは、接触者の情報だった。
そうすれば、と彼女は言った。
「リスクは大きく引き下げることができます。もし、失敗すれば3月末のように特定の集団から広がっていくでしょう。彼らの情報は非常に貴重です。今、新宿は大事な局面を迎えている」