カギは「災害医療」 今、日本がコロナ医療体制を変える最後のチャンス
THE GOOD “MAKESHIFTS”
受付を通らず診察できる入り口横の部屋を開ける水野泰孝 HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN
<このコロナ患者数で救急搬送困難はおかしい――硬直した日本の医療制度を工夫で乗り越える医療従事者たちを石戸諭氏が訪ねて見えた「新しい医療体制」とは>
(本誌2021年3月2日号「ルポ新型コロナ 医療非崩壊」特集から全文を2回に分けて転載。本記事はその後編です)
※ルポ前編はこちら:医療崩壊を食い止めた人々がいた──現場が教えるコロナ「第4波」の備え方
■Case3:街場のコロナ医療
2人の街の医師は期せずして同じ言葉を口にした。「未知の感染症だった新型コロナは、専門家の解明によって既知の感染症になった。だから、自分たちも診察できる」
1人は東京・麹町にある「グローバルヘルスケアクリニック」水野泰孝である。水野は輸入感染症の臨床、研究を専門に、20年以上大学病院などで活躍してきた医師で、2019年に開業した。実は彼の開業は界隈でちょっとしたニュースになった。「感染症内科やトラベルクリニックを掲げるなんて思い切ったもんだ」「得意分野を生かせる機会なんて減るだろうに」という反応だ。
水野は開業に際し、一つ準備をしていた。大学病院だけが医療の最前線なのではない。たとえ町のクリニックであっても、インターネットで検索して、新しい感染症の患者がふらりとやって来る可能性はある。大学病院で感染制御部長を経験した知見を生かして、小さなクリニックだが空間的にゾーニングできるように設計した。それが新型コロナ患者の診療に役立つことになるとはまったく予期しないままに。
現在、クリニックは完全予約制だ。これは時間的ゾーニングであり、新型コロナ陽性が疑われる患者のやって来る前後に誰も人がいないようにする配慮だ。そして、患者はクリニックに入る前に水野に電話を入れる。
彼は入り口まで向かい、扉を自身で開けて、クリニックに招き入れる。そして入り口を入って、右にすぐ曲がった場所にある個室に患者を座らせる。陰圧室ではない普通の個室だ。ここは診察室とつながっており、水野と患者が双方ともマスクを着けて、2メートル以上距離を保ちながら診察を開始する。当初はPPEやフェイスガードも用意していたが、今ではよほどのことがない限り、これで十分だと言う。ただし、患者はトイレには行かせない。トイレはグリーンゾーンにあるからだ。
診察が終われば、代金の支払いや薬の処方も水野自身がやり、扉を開けて帰ってもらう。最初期は肺炎を起こしていた中国からの留学生、最近ではイギリスから帰国して変異株の感染が疑われる患者も診察してきたが、水野だけでなく、スタッフにも感染者は出ていない。
「軽症なら(解熱剤の)アセトアミノフェンや漢方を処方します。これで十分です。これだけ流行している以上、特定の病院に入院させて隔離するという方法は理にかなっていません。医療界全体でサポートする体制が必須でしょう。私の周囲にも暇になったという開業医はたくさんいます。ならば、重症化した際に入院する病院を決めた上で、開業医が電話をかけて自宅療養の陽性者の経過観察をする。これを診療扱いにすればいい。電話ならリスクはゼロで、保健所の負担も軽くなります」
「発熱もコロナ感染も、普通の病気もちゃんと相談できる」と、評判は広がり、水野の元には患者がやって来る。当然、暇とは無縁だという。
「今日から、ちょっとお薬減らしましょうか。酸素の調子もいいですね。酸素もなくして様子をみましょう」
千葉市の高齢者施設「生活クラブ風の村いなげ」の一角に、首都圏で在宅医療専門クリニックを展開する「医療法人社団悠翔会」の診療所がある。約130の高齢者施設、約2000の地域事業所と提携する一大グループだ。理事長・佐々木淳はこの日も隣接するサービス付き高齢者住宅まで訪問診療に向かった。患者の1人、80代の女性は慢性的な多疾患を抱える。亡くなった夫の遺影が部屋に飾られている。
「先生、また来てね。来てくれるのが楽しみだから」
「大丈夫、また来ますからね」