医療崩壊を食い止めた人々がいた──現場が教えるコロナ「第4波」の備え方
THE GOOD “MAKESHIFTS”
北海道旭川市の吉田病院で看護の支援に入ったジャパンハートの宮田理香(左)と前田百合子看護師 COURTESY JAPAN HEART
<大病院から介護施設、開業医や救急医療まで、新型コロナウイルスの専門家でなくとも患者を救い続けた人々の知恵とは。石戸諭氏が現場を訪ね歩いた>
(本誌2021年3月2日号「ルポ新型コロナ 医療非崩壊」特集から全文を2回に分けて転載。本記事はその前編です)
一体なんのための緊急事態宣言だったのか。新型コロナウイルスの感染拡大で「医療体制」が逼迫しており、現場の負担を軽減させるためだったはずだ。メディア上では、現場を知る人々が「医療崩壊だ」「原点に立ち返り感染者数を下げろ」と「警告」を発している。
片や、「新型コロナは指定感染症2類相当ではない。インフルエンザと同じ5類だ」「民間病院の受け入れが少ない。政府がもっとお金を出せばいい」という声も「専門家」から多く聞かれた。街を歩けば、発熱患者を断ると宣言している診療所は時間どおりに開き、そして病院は空いている。「医療崩壊」はどこか遠くで起きていること。そんな思いを持つ人々は決して少なくないだろう。
取材を終えて思う。いずれの声や思いも等しく正しく、等しくポジションによるバイアスがかかっている、と。指定感染症の分類問題は、少なくとも「法的」には決着した。「新型インフルエンザウイルス等感染症」に位置付けたことが適切か否かはさらに議論が必要だが、すぐに答えが出せる問題ではない。医療関係者が損をしない短期的な報酬強化は必要だが、あるだけで解決するものでもない。ここで強調したいのは、今であっても、できることはある、ということだ。
感染拡大の第3波の日本において、「通常」の医療体制は完全に崩壊している。あらかじめ結論を示しておこう。「通常」の体制とは別の方法で医療を支えてきた人たちがいる。本レポートに登場する人々だ。彼らのリアルな実践は「通常」とは別の、現実的でかつベターな体制づくりのヒントを指し示す。
■Case1:「断れない病院」の奮闘
中村朗が「最悪」の知らせを聞いたのはテレビのニュースからだった。日付は2020年3月28日、土曜日の夜である。キャスターは千葉県北東部に位置する東庄町の障害者施設「北総育成園」で58人の新型コロナウイルスの集団感染、クラスターが発生したことを伝えていた。陽性者の中には知的障害や自閉症の患者も多く含まれていた。中村は国保旭中央病院で感染症科部長を務める医師である。程なくして、同じニュースを見ていた院長の野村幸博から中村のもとに電話がかかってきた。
「今の見た?」と短い質問から始まり、すぐに対応を協議した。ただのクラスターではない。最初期の大規模なクラスターであり、現場は障害者施設だ。彼らはひとまず県からの連絡を待つ前に、自分たちで状況を把握するべく動くことを決めた。
旭中央は989床を有し、診療圏は東庄町を含む千葉県北東部、茨城県南東部まで約100万人が対象となる地域の基幹病院、かつ感染症指定医療機関である。連日ほぼ満床で、地域で起きた重大な疾患の患者は救急救命センターを有するこの病院に搬送される。ここは地域医療の最後の砦であり、診療を断ることは許されない。旭中央に初めて新型コロナウイルス患者が搬送されてきたのは昨年2月12日だった。彼らは軽症のまま回復していった。先立つ2011年には新病棟が建設され、呼吸器・感染症などの混合病棟にエボラ出血熱以外全ての感染症を治療するため陰圧室を6床、結核モデル病床4床を作っていた。彼らは平常時から結核患者の対応もしており、個人防護服(PPE)や医療用N95マスクの扱いにも慣れていたことも幸いした。