最新記事

開発援助

スリランカが日本支援のライトレール計画を中止したのは......

2020年10月20日(火)18時00分
にしゃんた(羽衣国際大学教授、タレント)

インドネシアで運行中のライトレール・トランジット NovaWahyudi/Antara Foto/REUTERS

<日本が資金援助するスリランカのライトレール計画が突如中止に。背景にあるのは、スリランカにおける中国の存在感アップだ>

筆者の出身国であるスリランカは、2009年に26年間続いた政府対LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)の内戦が収束すると8%を超える経済成長を記録するなど発展が加速した。80年代に行政上の首都がコッテ(スリジャヤワルダナプラコッテ)に移転されるも、商業上の首都は依然コロンボである。ここでは交通渋滞が社会問題で、ピーク時の自動車の平均速度が時速7キロ以下と南アジアで最低水準となっている。

救世主として期待が高まるのはコロンボ・ライトレール・トランジット(LRT)で、中心地ペタから東へ走る16駅、15.7kmの距離となる鉄道計画である。国際協力機構(JICA)による円借款での実施が前政権との間で締結され、外国融資によるインフラ整備計画としてはスリランカ史上最大で、スリランカにおける中国依存脱却と日本のプレゼンス確保のきっかけとなるとみられていた。

LRTに対する住民理解・協力を促す活動や初期工事は既に始まっており、完成すれば、スリランカの都市のモビリティの新しい時代の幕開けとなるはずだった。そんな矢先の9月末に突然、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領がLRT事業の中止を命じた。コストの高さと実施に伴う線路沿いの建物撤去の負担が理由となっているが、真の理由は中国に対する配慮ではとの憶測が飛び交い、それがすぐさま真実と化した。契約破棄の報道から2週間も経たない10月10日に中国の外交トップ・楊潔篪(ヤン・チエチー)政治局委員がスリランカを訪問し大統領と会談、中国の経済圏構想「一帯一路」で協力を強化することで合意したのだ。

プロジェクト中止に関する日本側の発表はない。しかしLRTが白紙となればスリランカにおける日本のプレセンスは弱体化し、後述のハンバントタ港に代表されるように、スリランカは中国従属化が強化されることで主権が弱体化し、後戻り出来ない事態に陥る可能性が高い。

歴史の長い日本のスリランカ支援

スリランカと日本は長年、相思相愛の関係が続いていた。第二次大戦後、日本の国際社会復帰を決定する場となった1951年のサンフランシスコ講和会議で、日本を擁護する演説を行なうなどした、初代スリランカ大統領J.R.ジャヤワルダナの功績は大きい。日本は1954年に「コロンボ・プラン」に参加すると同時に被援助国から援助国へと転換したが、コロンボとはまさにこの街のことである。87年に日本の外務省とJICAが定めた「国際協力の日」(10月6日)は、コロンボ・プランへ加盟した日に由来している。その点、今回の案件の行方は、特に日本の戦後史において大きな意味を持つことになる。

日本による対スリランカ支援の歴史も長い。1960年代より円借款供与が開始され、80年には「青年海外協力隊派遣の取極」を、2005年には技術協力協定を締結している。86年から08年まで22年間継続して、スリランカにとって2国間援助では日本が最大の支援国であった(08年は、2国間援助の29%、国際機関を含めた援助総額に対しても21%を占めた)。

流れが途絶えるきっかけとなったのは、スリランカ内戦だ。09年の戦争収束にあたっての深刻な人道・人権侵害が明るみになると、国際社会の対スリランカ政府支援がストップし、日本も右にならった。当時、現大統領の兄のラニルが大統領であり、現大統領は国防次官として兄を支えていた。国際社会から冷飯を食わされた一瞬の隙をついたのは、他でもない中国だった。そこで交わした契りがスリランカにとって中国従属の歴史の始まりであり、国際社会にとっては主に安全保障上の悩みが生まれた瞬間でもあった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 2人負

ビジネス

大手IT企業のデジタル決済サービス監督へ、米当局が

ビジネス

独VW、リストラ策巡り3回目の労使交渉 合意なけれ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中