最新記事

検証:日本モデル

【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠──西浦博・北大教授

THE NUMBERS BEHIND CORONAVIRUS MODELING

2020年6月11日(木)17時00分
西浦博(北海道大学大学院医学研究院教授)

magSR200611_Nishiura2.jpg

5月25日には緊急事態宣言が全国で解除された(5月28日、新宿) PHOTOGRAPH BY HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

コミュニケーションをめぐるもう1つの課題は、対策の根拠とされたモデルの透明性についてである。どのような数式やパラメータを使用して算出しているのか見えづらい、分かりづらいという声も聞こえてきた。

本稿では日本における第2波に備えて、まずはこれまでに用いてきたモデルの根拠をかみ砕いて示すことに努めたい。また、いわゆる「集団免疫」と言われる状態に関する最新の知見を紹介し、それと同時に、被害想定で抜け落ちている重要な要素に関して現時点で得られている科学的知見を更新しつつ整理してみたいと思う。

日本で用いた年齢構造化モデル

まず、感染症のモデリングとは何か、についてである。

感染症はヒトからヒトへ伝播して広がるため、ある者の感染リスクはその者の周囲にいる他者の感染リスクと無関係ではない(感染者になる知り合いが多いと自分も感染しやすい)。そのような「リスクの従属性」と言われる構造に対応するために、感染症領域では感染メカニズムを直接的に数式で記述したモデルが用いられることが多い。感受性(感染し得る性質)を持つ者が感染して、その後に発病し、回復、あるいは死亡するまでのプロセスを集団レベルで数理的に記述するのである。

日本では、2月25日に厚労省の新型コロナウイルス対策本部の中にクラスター対策班が設置され、筆者はその中でデータ解析を実施するチームの一員として数理モデルを利用した分析を開始した。筆者に専門家として求められる役割は、上述のような感染メカニズムを加味するような数理モデルや統計モデルを駆使して、COVID-19のリスク評価を実施することだった。

その中で、3月頃から欧州や米国で大規模な流行が始まり、リスク評価の一環で最新の知見を基に被害想定を検討することが必要となった。そして、3月19日の専門家会議において(何も対策を施さなければ)人工呼吸器の保有台数を重症感染者数が上回り得るというシミュレーションを公表した。

その被害想定として推定死亡者数が政府から公表されない事態が続き、4月15日に、何も対策を施さないなかでの死亡者数として約42万人が想定される、というシミュレーションを発表するに至った。

では、この「42万人」はどのように算出したのか。まず、SIRモデル(Susceptible Infectious Recoveredモデル)と呼ばれるものがある。SIRモデルとは、基本再生産数(全ての者が感受性を有する集団において、1人の感染者が生み出す2次感染者数の平均値)や回復率といったパラメータを使って、時間とともに発展する流行動態を導き出すためのモデルである。

ウイルスが伝播する過程を、①免疫を持っていない人(感受性者:Susceptible) が ②感染して新規感染者( 感染中の人:Infectious)となり、③免疫を持って回復する、もしくは死亡する(回復者/除外者:Recovered /Removed)に分けて数理的に説明する。総人口=感受性者+感染中の人+回復者/除外者である。政府発表などの流行曲線では、この過程のうちで感受性者から感染中の人へ新たに遷移する1日当たりの人を新規感染者数として用いている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中