最新記事

ミャンマー

スーチーはハーグでロヒンギャ虐殺を否定し、ノーベル平和賞を裏切った

Suu Kyi Travels to The Hague to Deny Genocide

2019年12月12日(木)18時00分
ジョシュア・キーティング

ミャンマーのジェノサイドを提訴したのは西アフリカの小国ガンビアで、「イスラム協力機構」に加盟する57カ国がこれを支持している(ガンビアもつい最近、独裁政権が倒されたばかりだ)。

国連人権理事会は既にミャンマーに調査団を派遣し、ロヒンギャに対する行為はジェノサイドに当たるとの見解を発表しているが、ICJの審理には何年もかかる可能性がある。ガンビアは1951年のジェノサイド条約に基づく「暫定措置」として、ミャンマー政府にロヒンギャを守る行動を義務付ける命令を下すようICJに求めた。ICJの強制力は限られているが、ICJが命令を下せば、国連安全保障理事会なり各国政府が制裁を科すなどしてミャンマーに虐殺をやめるよう圧力をかけられる(米政府は12月10日、マグニッキー法に基づきミャンマー軍幹部4人を制裁対象に指定した)。

ICJは通常、国家間の紛争解決に当たるが、過去に1件だけジェノサイドに関する判決を下している。セルビア政府はボスニアでのジェノサイドに直接的な責任はないが、虐殺の阻止に失敗した点で国際法に違反するとした2007年の判決だ。

平和賞は名ばかりか

2016、2017年にロヒンギャ「掃討作戦」が始まってから、70万人超のロヒンギャがバングラデシュに逃れ、その多くは難民キャンプの劣悪な状況下で暮らしている。ミャンマーは難民の帰還計画でバングラデシュと合意したが、大半のロヒンギャは帰還を拒んでいる。「ジェノサイドがまだ続いているのに、帰れるわけがない」と、トゥン・キンは言う。

ICJへの提訴は「ロヒンギャの人々にとって非常に大きな前進だ」と、トゥン・キンは裁判の進行に期待を寄せる。「難民キャンプを何度も訪れて、人々の声を聞いてきたが、誰もが公正な裁きを求めている」

イスラム教徒の排斥では、バングラデシュの隣国インドの動きも気になるところだ。インド下院はイスラム教徒の激しい反対を押し切って、非イスラム系移民に限り、近隣諸国からの移民に市民権を与える法案を可決したばかり。ヒンズー教至上主義の現政権のイスラム教徒排斥は、仏教国ミャンマーのロヒンギャ迫害と重なる部分がある。ミャンマー政府も何世代も前からラカイン州で暮らしてきたロヒンギャをバングラデシュから流入した「不法移民」扱いし、彼らに市民権を与えようとしない。

民主主義国家としての長い歴史を持つインドとつい最近まで軍政下にあったミャンマーを同列には論じられないが、多数派の支持をつかむために、少数派を見捨てたスーチーの選択はインドの現政権と共通している。

ハーグの法廷で彼女が示したのは、ノーベル平和賞を受賞した人権活動家だからといって、人類史上最悪級の犯罪に加担しないとは限らない、という事実だ。

20191217issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

12月17日号(12月10日発売)は「進撃のYahoo!」特集。ニュース産業の破壊者か救世主か――。メディアから記事を集めて配信し、無料のニュース帝国をつくり上げた「巨人」Yahoo!の功罪を問う。[PLUS]米メディア業界で今起きていること。

© 2019, Slate

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中