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東電の原発事故賠償、審査はザルで、不正が横行していた

2019年10月18日(金)11時10分
印南敦史(作家、書評家)

メルトダウン(炉心融解)が起こったとの報道があったのちも、原発の安全神話を植えつけられていた社員たちは、「とりあえず現状(業務として直面していた送信の不通)をどうにかするのが自分たちの務めだよね」と理解していた。

以後、東電では被災者への賠償の準備が進められ、岩崎は原発事故の賠償係になることを決意する。


「『被災者のため』ではなく、会社のために志願した。普段は偉そうにしている巨大組織が、本当に慌てふためいているのが分かったから。(中略)上司や組織に対し、末端の人間でも手を貸せるチャンスが来たのであれば、なんとかそれを生かして恩返しがしたかった」(79ページより)

高卒ながら大抜擢されたが、詐欺事件で自らが逮捕されてしまう

かくして岩崎は、賠償係としての最前線に立つ。だが、被災者の怒りも頂点に達していた。批判の根底にあるのは、「メルトダウンを認めた東電が加害者である」という現実だ。したがって、「東電は加害者なのだから、被災者が感情論で水増し請求をしても、東電は聞き入れざるを得ないだろう」という認識が生まれる。


「デロイト(筆者注:「デロイト トーマツ コンサルティング」の略。東電に代わって賠償業務を指南する役割を担う民間のコンサルティング会社)の判断で、審査条件がどんどん緩くなった。作業を流すべく、ガチガチに作られたエビデンスを拡大解釈で処理していくようになったのです。
 デロイトは、原賠機構(筆者注:原子力損害賠償・廃炉等支援機構)に『賠償しなければカネを貸さない』という命題を課せられている東電の、指南役です。原賠機構が東電の命綱であり、賠償業務が素人同然の東電にとってはデロイトが生命線。それは私たち末端の賠償係でも手に取るように分かりました。つまり東電もデロイトも、口には出さないまでも審査は『ザルでいい』との意向だったのです」(111ページより)

理不尽な要求すら受け入れるしかなかったが、高卒の自分を受け入れてくれたという意味でも、収入面でも会社に恩義を感じていた岩崎は、そんな賠償係の仕事にも意欲的に取り組んだ。賠償請求で不正があれば暴き、払うべきでない相手には屈しなかった。

しかも、本当に困っている相手には丁寧に寄り添い、話を聞いた。そんな姿勢が評価され、岩崎は捜査官として、賠償詐欺を暴くことになる。


 賠償詐欺捜査班である「渉外調査グループ」の前身が「業務推進グループ」内に立ち上がったのは、震災から二年が過ぎた二〇一三年三月のことだ。
 所長がいる、賠償係の中枢フロアの一角。岩崎は第九グループがあった二〇階から一四階へと移動し、その立ち上げから関わることになった。
 GMは言った。
「岩崎くん、頼むよ」
 異例の大抜擢だった。(170ページより)

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