最新記事

サバイバル日本戦略

「仮面の笑顔」中国・習近平の本音

THE IRON MAN

2019年10月4日(金)14時30分
阿南友亮(東北大学法学研究科教授)

もう1つは、特権・格差に対する不満の蓄積や、日米欧が信奉する普遍的価値観の中国社会への浸透による共産党の独裁体制の動揺(例えば1989年の天安門事件)を防ぐために、1990年代に入ってから共産党によって日米欧との対立の歴史(いわゆる「屈辱の一〇〇年」)に焦点を当てた排外的なナショナリズムが国策として発揚され、独裁体制を要塞化するために軍拡が大々的に推し進められてきたという問題だ。これにより中国と日米との間には、経済的相互依存関係が深化するのと並行して、外交・安保面での対立が先鋭化するというジレンマが発生した。

習の前任者であった胡錦濤(フー・チンタオ)は、改革開放の過程で顕在化したこれらの構造的問題を緩和するために、党の既得権益に切り込む姿勢を見せ、富の再分配の拡大や対外協調の促進(排外主義の抑制)に取り組んだが、頑強な抵抗に阻まれた。習はその抵抗の一環として既得権益派に担ぎ出されて、党総書記と国家主席に就任したのである。

そのような背景があるため、習政権は改革開放の副作用ともいうべき前述の2つの問題にメスを入れにくい体質を持っている。習政権は党幹部の汚職撲滅を目標に掲げた反腐敗闘争を盛んにやっている。しかし、党が中国の主要な産業・企業・土地・資源を陰に陽に支配していることから生じる巨大な既得権益構造自体には、ほとんど手を付けていない。

そうなると排外的ナショナリズムと軍拡への依存から脱却することが難しくなり、これが中国と日米との関係を長期対立の局面に縛り付ける磁場を発生させている。中国と日米同盟の間には、台湾問題・朝鮮半島問題という1940年代以来の懸案が未解決のまま残っており、中国の軍拡によって必然的にこれらの問題および南シナ海や尖閣諸島をめぐる軍事的緊張が高まることになった。

概して言えば、改革開放は中国と日米との経済的な相互依存関係の基礎となったが、40年の間に顕在化した前述の2つの問題が、中国と日米との安定的な共存関係を難しくしている。そうしたなかで、日米欧の対中融和政策の見直しがなかなか進まなかった一因として挙げられるのが、改革開放の下で中国において定着した「権力行使の制度化」に対する期待と一定の信頼であった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロ中、ガス輸送管「シベリアの力2」で近い将来に契約

ビジネス

米テスラ、自動運転システム開発で中国データの活用計

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ワールド

ウクライナがクリミア基地攻撃、ロ戦闘機3機を破壊=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中