アメリカ心理学会「体罰反対決議」の本気度──親の体罰を禁じるべき根拠

2019年6月21日(金)17時15分
荻上チキ(評論家)、高 史明(社会心理学者)

体罰による影響を科学的に分析した結果......

しかし、体罰をめぐる数多くの研究は、すでに一つの事実を示している。それは、「体罰には効果がないうえに、数々のネガティブな結果をもたらす」というものだ。そしていくつもの学会や専門機関が、社会に向けてその研究成果を踏まえたアウトリーチを行っている。

アメリカ心理学会(APA; American Psychological Association)は、11万8千人以上の研究者、教育者、臨床家などからなる、世界で最も重要な心理学の学会の一つである。そのAPAは過去に数度、体罰に反対する決議を採択してきた。これらに加えて2019年2月に、「両親による子どもへの体罰についての決議」を新たに採択し、公表した(American Psychological Association, 2019)。

この決議は、論点を簡潔に絞った決議本文と、エビデンスを列挙した重厚な声明文とで出来ている。また、あわせて11ページの決議と支持声明に対して、12ページものリファレンス(引用文献一覧)を掲載していることからも、その本気度がうかがえる。

その論点整理の見出し部分を、いくつか抜粋してみよう。


・親による体罰は子どもの認知的・行動的・社会的・情動的発達と、精神的健康とを損なうリスクがある
・体罰は、人種、民族、社会経済的地位、コミュニティの環境に関わらず、子どもにとって好ましくない結果をもたらす
・研究によれば、体罰は、子どもの攻撃的な行動や反抗的な行動を減らしたり、自制的で社会に適応した行動を促進したりしようという親の長期的な目標を達成するうえで、効果的ではない
・体罰の負の効果についての研究によると、体罰による短期的なメリットと見てとれるものはいずれも、そのデメリットを上回るものではない
・研究によると、子どもは親が手本を示した行動から学習すること、そのために体罰は葛藤を解決するための望ましくない手段を教えることになるだろうと示されている
・体罰は虐待と呼ぶにふさわしいような危害行動にまでエスカレートすることがあるというエビデンスがある
・知識、技能、社会性の教育における、社会的に容認される種類のしつけの目標は、体罰なしでも達成可能である

この声明でAPAは、多くの科学的根拠に基づいて、体罰をやめるように啓発するだけでなく、体罰以外にも様々な「しつけ方」があると発信すること、体罰に関する研究をさらに発展させること、支援が必要な家庭への対応を強化するよう取り組むことも決議している。かなり細かな配慮がなされた声明だ。

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