最新記事

核・ミサイル開発

北朝鮮への経済制裁は「抜け穴だらけ」

Sanction That Wasn't

2018年10月19日(金)17時40分
前川祐補(本誌記者)

――国連加盟国のひどい体たらくとは。

例えば、製造業の中心地となっている東南アジア諸国。核やミサイル開発に使われ得る汎用品の輸出を規制する法律を運用しているのはシンガポールとマレーシアだけだ。この2国も法律こそ作ったが、それを運用するために必要な情報を収集・共有していない。国内で活動する北朝鮮人の動きを把握しておらず、実態は抜け穴だらけで実効性が低い。フィリピンも法律を作ったが、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が就任してから行政の運用計画ができておらず運用されていない。

――汎用品の押収は重要だ。

北朝鮮が打ち上げ、後に回収された銀河3号の第1段ロケットの映像を見ると、むき出しの電気回路にはんだごてで部品が付けられているのが分かる。秋葉原で部品を買って自家製のミニロケットを作る人がいるが、それをさらに粗野にした感じだ。ロケットに付けられていたリアルタイム画像伝送用のビデオカメラも、オンライン通販で20ドルで購入できる商品。これで事実上の長距離弾道ミサイルが造れてしまうが、国連がこれらを対北禁輸品目に指定したのは昨年12月のことだ。

――東南アジア諸国が対北制裁に消極的なのは、中国の圧力があるからか。

そういう国もあるだろうが、単に取り締まりの能力と意欲が欠如していることこそが問題だ。国連安保理は加盟国に対して09年に貨物検査を、13年に汎用品の対北輸出の取り締まりを義務付けたが多くの国は対応していない。

タイは9年遅れで対北輸出の貨物検査を法制化しつつあるが、そのプロセスでは深刻な問題が見受けられた。検査自体は法制化されても、検査で制裁違反品が見つかった際にそれを押収するための措置が抜けていた。これでは意味がない。インドネシアに至っては、汎用品の輸出に規制をかけるべきでないというスタンスで、そもそも制裁をやりたくないのだろう。

結局、ASEAN諸国にとっては本気で北朝鮮を取り締まらなければならない理由は何もない。むしろ北朝鮮は貴重な天然資源を持つ国で、これまでも取引してきた良い経済パートナーだ。核兵器を保有しようが、彼らにとっては関係ないというのが実情だ。

――日本などとは緊張感が違うと。

そうだ。ただ、私は日本も緊張感を持って制裁に対応していたとは思わない。パネル委員会に在籍中、私たちは武器輸出を担っていた北朝鮮最大の海運会社を摘発した。その企業の貨物船が15年3月に荒天から日本の港湾内に避難したが日本政府はこれを取り押さえなかった。どの船も国際法では領海での無害通航権が認められており、その企業の所有船というだけでは取り押さえられなかった、と日本政府から説明された。しかし、そもそも港湾内は領海と異なり、無害通航権は認めなくてよい。安保理の対北制裁はそうした船の「資産凍結」を義務付けている。にもかかわらず、日本には対応する法律がない。

さらに、私は北朝鮮が弾道ミサイルの運搬に使う軍事車両を中国から調達していた証拠を入手したことがある。その輸送に使われた貨物船の輸出目録の写しを日本政府が入手していた事実が判明したので、国連捜査のために資料提供を要請したが「機密情報だから出せない」と断られた。

後で分かったことだが、北朝鮮に影響力を持つ中国を刺激したくないアメリカは、既にこの事件の幕引きを図っていたようだ。軍事車両は計6台が北に輸出されていたが、北に協力した中国企業はいずれも何ら制裁を受けなかった。日本はアメリカに情報を渡したようだが、後はアメリカ任せだった。当時、日米両政府ともに国連捜査にはあまり協力的とは思えなかった。水面下でもみ消された事件はほかにもある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中