最新記事

教育

高校新科目「歴史総合」をめぐって

2018年8月17日(金)16時20分
苅部 直(東京大学法学部教授)※アステイオン88より転載

10max-iStock.

<文科省が学習指導要領の改訂に向けた案を公表した。歴史教科書でしばしば見られるような「偏向」がないことは評価できるが、一方で、大きな疑問もわく。あまりにも「明治維新」偏重にすぎる>

今年の二月十四日、学習指導要領の改訂にむけた「高等学校学習指導要領案」を、文部科学省が公表した。これによって新たな必履修科目として「公共」「歴史総合」「地理総合」が新設されることが確定する。二〇二二年度に入学する高校新入生からあとの世代は、この三つを学んだ上で、従来からあった地理、日本史、世界史、倫理、政治・経済といった科目を選んで履修することになる。

「歴史総合」に関しては、二〇一五年から中央教育審議会の教育課程部会で議論されてきた。指導要領案の表現によれば、世界史・日本史を学ぶ前に「世界とその中における日本を広く相互的な視野から捉え」るような、近現代史の科目である。歴史認識にかかわる議論が、東アジアにおける諸国間の外交問題にたやすく直結してしまう昨今であるから、国内外のさまざまな視線にさらされながら新科目案を作るのは、大変な作業だっただろう。その状況のなかで、歴史教科書でしばしば見られるような、大日本帝国の罪悪を数えたてる傾向に陥らず、反対に過度の自国礼賛にも向かわない、バランスのとれた歴史教育の素案になっている。そのことは評価したい。

しかし、その提供しようとする近現代史の姿を見てみると、大きな疑問がわくこともたしかなのである。もちろん指導要領であるから、ここで示された構成がそのまま歴史教科書の目次になるわけではない。だが教科書の作成と、文科省による検定の基準になることを考えれば、高校の歴史教育に与える影響は、決して小さくない。

指導要領で示している内容は、AからDまでの単元で構成されているが、総論や生徒自身の考察を指導する単元と節を省いて、通史風の内容を述べた節だけを並べると、以下のようになる。それぞれの節で対象とされている時代を括弧内で補足した。

B 近代化と私たち
(2)結び付く世界と日本の開国[十八世紀~十九世紀前半]
(3)国民国家と明治維新[十九世紀後半~二十世紀初頭]

C 国際秩序の変化や大衆化と私たち
(2)第一次世界大戦と大衆社会[第一次世界大戦~一九二〇年代]
(3)経済危機と第二次世界大戦[世界恐慌~サンフランシスコ講和会議]

D グローバル化と私たち
(2)冷戦と世界経済[一九五〇年代~一九六〇年代]
(3)世界秩序の変容と日本[石油危機以降]

全体の時代区分として目をひくのは、「明治維新」の存在感が大きいのと、一九四五年を歴史の転換点とすることに対する拒絶である。後者に関してはこれまで、日本史はもちろん世界史の教科書も、第二次世界大戦の終了・国際連合の発足・冷戦の始まりに注目して、一九四五年で章を分けるのが普通だった。単元Dで冷戦体制の時代と、冷戦終了後のグローバル化の時代とをまとめて「グローバル化」と概念化するのも、きわめて特異な理解だろう。ただこの点はあまりにも奇妙なので、CとDとの時代区分が教科書で踏襲されることはないと予測される。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 4
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 5
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 8
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 9
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 10
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中