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北朝鮮「兵士亡命」が戦争の引き金を引く可能性

2017年11月15日(水)07時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

負傷した北朝鮮兵士が運び込まれた病院で医師と話す韓国軍の兵士(11月13日) Hong Ki-won/Yonhap via REUTERS

<11月13日、板門店で韓国側に北朝鮮兵士が亡命を図った。兵士の脱北は珍しくなく、2015年には非武装地帯(DMZ)でのトラブルから戦争寸前まで行ったことがある>

韓国軍合同参謀本部は13日午後3時31分ごろ、北朝鮮兵士1人が軍事境界線上の共同警備区域(JSA)で、北側施設の「板門閣」から韓国側「自由の家」方向に逃れ、亡命したと明らかにした。発見当時、亡命兵士は肩やひじを銃で撃たれて負傷していた。北朝鮮側からの銃撃によるものと思われる。

事件当時、南北間で交戦などは起きず、その後も北朝鮮側に目立った動きはないというが、過去の経緯を踏まえると、背筋の凍るような出来事と言える。

吹き飛ぶ韓国軍兵士

北朝鮮と韓国は2015年8月、軍事境界線をはさむ非武装地帯(DMZ)でのトラブルから、戦争寸前まで行ったことがある。きっかけは、北朝鮮側が仕掛けた対人地雷により、韓国軍兵士が身体の一部を吹き飛ばされ重傷を負ったことだったが、その背景にはこのエリアにおける「兵士脱北」問題があった。

DMZでは近年、今回のように北朝鮮兵士が徒歩で南側に入り、亡命するなどの出来事が相次いでいる。兵士らが飢えや虐待に苦しむ北朝鮮軍の軍紀びん乱は周知のとおりだが、韓国軍の警備に欠陥があるのも明らかだった。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

DMZに入り込む北朝鮮兵士に対し、韓国軍は必要なら発砲するなりして警告せねばならない。そのようなリスクがあれば、北朝鮮兵士が最前線で脱北するのは簡単ではなかったろう。ところが韓国軍では、亡命兵士が見張り所に入り、見張り所のドアをノックするまで気付かないといった事態が起きていたのだ。

これには、北朝鮮側もしびれを切らしたもようだ。北朝鮮軍は2015年4月から、DMZで不審な動きを見せる。軍事境界線の西部から東部までにわたり、5人~20人単位で近接偵察と何らかの作業を繰り返していたのだ。

これについて韓国側は当初、北朝鮮が兵士の脱北防止のために地雷を埋設しているものと見ていた。地雷埋設の情報が北朝鮮軍の部隊内に広まれば、脱北を企む兵士も「あそこは危ない」と考え、容易に行動することができなくなるからだ。

ところが不運なことに、この地雷に偵察任務中の韓国軍兵士が接触してしまった。その地雷が、韓国側を狙ったものではないと薄々わかっていたとは言え、DMZでの地雷埋設は明白な休戦協定違反だ。ここから双方は非難の応酬を繰り返し、危機がエスカレートしてしまったのだ。

その過程で韓国軍は、北朝鮮の地雷が爆発し、兵士らの身体が吹き飛ばされる瞬間の動画を公開している。仲間が傷つけられる場面を見た韓国軍将兵や国民の中には、強い復讐心を抱く者も少なくなかった。韓国側は北朝鮮に軍事的圧力をかけ、北側もこれに対抗する動きを見せる。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士...北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

この時、韓国と北朝鮮はすんでの所で踏みとどまり、話し合いにより危機を回避。禍を転じて福となすということで、南北間の友好協力で合意した。もっともこのとき、双方は五分五分で引き分けたのではない。北朝鮮が韓国に屈し、事実上の謝罪を行ったのだ。一敗地に塗れた金正恩党委員長は、韓国に対する軍事力での雪辱を誓ったのだろう。同年末までは韓国との友好協力に応じるふりをして時間を稼ぎ、2016年に入るや否や核実験を強行。そして、現在の情勢に至っているのだ。

つまり2015年の危機において、北朝鮮は「現状では韓国に勝てない」と考え、チキンレースから降りたのだ。しかし、当時と比べようもなく核戦力を強化した現在ならどうか。

1人の兵士脱北が、第2次朝鮮戦争のきっかけになることも、あり得ないことではないのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
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