最新記事

対中国の「切り札」 インドの虚像

日本が急接近するインドが「対中国」で頼りにならない理由

2017年9月20日(水)06時40分
ジェーソン・オーバードーフ(ジャーナリスト)

訪印した安倍首相を歓迎するモディ首相(今年9月) Amit Dave-Reuters


170926cover-150.jpg<ニューズウィーク日本版9月20日発売号(2017年9月26日号)は「対中国の『切り札』 インドの虚像」特集。中国包囲網、IT業界牽引、北朝鮮問題解決......と世界の期待は高まるが、本当にインドでいいのか。この特集から、中国を牽制する存在として日本が期待を寄せるインドの覚悟と実力に関する記事を転載する>

甘く見るなよ。インド政府はこの夏、中国に対して今までになく強気な姿勢を示した。6月半ばに中国軍がブータンとの国境周辺で、戦略的道路の建設に着手したときのことだ。

小国ブータンを守る立場のインドは、対抗して現地に軍を進出させた。すると中国側は「歴史の教訓に学べ」という遠回しな表現でインドに警告した。55年前の国境紛争で中国軍に惨敗した経験を忘れるな、というわけだ。しかしインドのアルン・ジャイトリー国防相はこう言い放った。「1962年の時とは状況が違う。2017年のインドは(当時と)違う」

日本の安倍晋三首相は、その「今のインド」と経済および安全保障面での関係を深めようとしている。しかし、インドには本気で中国と直接対決する覚悟と実力があるのだろうか。とりわけ東シナ海や南シナ海の問題(インドにとって経済的な利害関係はあっても領有権争いは無関係)で、日本と歩調を合わせられるだろうか。

よほどインド好きなのだろう、安倍は07年の訪印時に首都デリーとムンバイをつなぐ「産業の大動脈の構築」を提案するなど、早くからインドの経済的・軍事的な台頭に期待を寄せてきた。また現在のインド首相ナレンドラ・モディとは気が合うらしい。モディ政権もイスラエルおよび日本との連携強化を重視している。

そして2人とも、国際舞台における自国の役割を新たな高みへ導きたいと思っている。安倍は第二次大戦後の日本に課せられてきた軍事力行使の制約を外そうとしているし、モディはインドを「外交面における第三世界の代表」から真の大国に(願わくは国連安全保障理事会の常任理事国に)したいと考えている。

確かに変化の兆しはある。ジャワハルラル・ネール大学(デリー)のスリカンス・コンダパリ教授によれば、07年にインド議会で演説した安倍が日本からインドへと連なる「自由と繁栄の弧」を提唱したとき、当時のマンモハン・シン首相はむしろ「平和と安定」を強調していた。しかしモディは14年に訪日した際、両国が力を合わせて民主主義を広めようという安倍の考えに賛成し、「18世紀の思考法を引きずり、(他国の)海域を侵したがる者たち」を強く非難している。

とりわけASEAN(東南アジア諸国連合)との関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げした12年以降、モディ政権は安全保障上の問題で東南アジア諸国と歩調を合わせてきた。南シナ海における領有権争いでも、ベトナムを一貫して支持している。そしてアメリカでも、インド洋における米軍とインド軍の協力関係を正式な同盟関係に格上げすべきだとの議論がある。何しろ世界の石油輸送の6割以上がインド洋を通過しているからだ。

【参考記事】インドの性犯罪者が野放しになる訳

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シリア暫定政府、国防相に元反体制派司令官を任命 外

ワールド

アングル:肥満症治療薬、他の疾患治療の契機に 米で

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書

ワールド

米議会、3月半ばまでのつなぎ予算案を可決 政府閉鎖
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 5
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 6
    トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 9
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 10
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 7
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 8
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 9
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中