最新記事

シリア情勢

シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ

2017年8月19日(土)12時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

Goran Tomasevic-REUTERS

<内戦が終わりに近づくシリアで、「国家内国家」の樹立に向けて動き出した西クルディスタン移行期民政局、通称「ロジャヴァ」。しかし、アメリカからも裏切られる時が近づいているのかもしれない>

ロシア、トルコ、イラン、そして米国の関与のもと、停戦プロセスが粛々と進行し、武力紛争としてのシリア内戦が終わりを迎えようとしているなか、シリア北部を実効支配する西クルディスタン移行期民政局、通称「ロジャヴァ」(rojava、クルド語で「西」の意)は、「北シリア民主連邦」と称する「国家内国家」の樹立に向けて、行政区画法を制定し領土を主張、また9月から来年1月にかけて領内で議会選挙を実施することを決定した。

シリアからの分離独立をめざす動きとも解釈できるこの「賭け」の狙いはいったいどこにあるのか。

米国にとって対シリア干渉政策の橋頭堡、ロジャヴァ

ロジャヴァは、内戦で衰弱したシリア政府に代わって、ハサカ県やアレッポ県北部に勢力を伸張したクルド民族主義政党の民主統一党(PYD)が2014年1月に発足した自治政体である。PYDは2003年の結党以来、シリア政府の統治に異議を唱える反体制派として活動してきたが、シリア内戦のなかで欧米諸国やトルコの支援を受けて台頭したそれ以外の反体制派とは一線を画し、紛争当事者間の「バッファー」(緩衝材)として立ち振る舞うことで存在感を増していった。

多くの反体制派が力による政権打倒に固執するなか、PYDは政治的手段を通じた体制転換を主唱し、彼らと反目した。また、これらの反体制派が、シャームの民のヌスラ戦線(現シャーム解放委員会)、シャーム自由人イスラーム運動といったアル=カーイダ系組織と表裏一体の関係をなしていたのとは対象的に、イスラーム国やヌスラ戦線に対する「テロとの戦い」に注力し、その限りにおいてシリア政府、ロシア、イランと戦略的に共闘した。

しかし、このことは欧米諸国との敵対を意味しなかった。2014年9月にシリア領内でイスラーム国に対する空爆を開始した米主導の有志連合は、PYDの民兵として発足し、その後ロジャヴァの武装部隊へと発展を遂げた人民防衛隊(YPG)を支援、連携を深めた。2015年10月に米国の肝煎りで結成されたシリア民主軍は、YPGを主体に構成されており、同組織が2017年6月に開始されたラッカ市解放作戦を主導していることは周知の通りだ。

米国は現在、ロジャヴァ支配地域内に航空基地2カ所を含む10の基地を構え(地図1を参照)、特殊部隊約450人を進駐させているという。米国にとって、ロジャヴァは今や対シリア干渉政策の橋頭堡であり、PYDにとっても米国は今や最大の軍事的後ろ盾なのである。

地図1 シリア領内の米軍基地(2017年8月半ば現在)
map1.jpg

(出所)筆者作成

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本ゼオン、発行済み株式の5.07%・100億円上

ワールド

インドネシア、対米関税交渉で「国益優先」 訪米団が

ワールド

米包括的国防支出に1500億ドル、ゴールデンドーム

ビジネス

IMF専務理事「世界経済は新しい時代に」、独財政拡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    欧州をなじった口でインドを絶賛...バンスの頭には中…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中