最新記事

韓国

前のめりの韓国、最低賃金アップで文在寅がダウン

2017年8月1日(火)16時38分
前川祐補(本誌記者)

格差是正に向けた施策に猛批判が浴びせられている文 KIM HONG-JI-REUTERS

<格差是正に向けた施策を打ち出した文政権だが、産業界も若者たちも猛反発。企業が国外脱出して雇用が失われると、批判が浴びせられている。大統領選での公約だったのに一体なぜ?>

あちらを立てればこちらが立たず──。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は今、経済政策の難しさを痛感していることだろう。

文は大統領選中から、雇用促進と所得格差の改善を掲げてきた。格差是正に向け、手始めに打った政策が最低賃金のアップ。だが早速、この政策が雇用を失うことになりかねないとして大論争が巻き起こっている。

7月15日、文政権は来年度の最低賃金を現行から16・4%引き上げ、時給7530ウォン(約750円)とする方針を決定した。これに産業界が猛反発。文は格差是正どころか、企業が国外脱出して雇用そのものがなくなるというジレンマに陥っている。

象徴的だったのは、創業100年を超える韓国の老舗繊維企業の京紡が、国内工場の一部をベトナムへ移転する決定を下したこと。同社の金ジュン会長は24日、工場移転で従業員が職を失う恐れに「心が痛む」としつつも、最低賃金の上昇によるコスト増に耐える余力がないと語った。

それでも、京紡はまだ規模の大きな企業。問題は財力に乏しい零細企業だ。小商工人連合会は、最低賃金の引き上げに対して「零細商工業者を考慮していない一方的な決定」と猛反発。雇用労働省に対して決定の撤回を求める申し立てを行っている。

企業ばかりではない。今回の決定は治安にも影響しそうだ。京郷新聞によれば、首都ソウルのあるアパートの入居者たちは警備員を雇うコストを減らすために、その数を現状の20人から12人にする案を入居者会議で提案。こうした動きは、地方都市でも見られている。

意外なことに、本来は賃金上昇で恩恵を受けるはずの若者たちですら、文政権の決定に疑問を呈している。大学生でつくる韓国大学生フォーラムは、最低賃金が1%上昇すると雇用が0.14%減るとする研究結果を発表。中小・零細企業への負担増を政府が補填する政策についても疑問を呈し、「政府が市場を予測し、制御できるとする傲慢な発想」と論破する始末だ。

文にしてみれば、今回の賃上げは雇用労働省が管轄する最低賃金委員会で11回にもおよぶ議論の末に決められた「公平な」結果だと言いたいだろう。だが反発の大きさをみると、企業や消費者など現場の声を十分に擦り合わせた結果とは言い難い。

そもそも就任後3カ月もたたないうちに、しかも中小企業政策を管轄する産業通商資源省の大臣が正式就任する前に経済的影響の大きい政策決定をしたことは、本当に妥当だったのか、疑問が残る。

【参考記事】文在寅が2カ月経ってもまだ組閣を終えられない理由
【参考記事】トランプに冷遇された文在寅が官僚を冷遇する

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米共和強硬派ゲーツ氏、司法長官の指名辞退 買春疑惑

ビジネス

車載電池のスウェーデン・ノースボルト、米で破産申請

ビジネス

自動車大手、トランプ氏にEV税控除維持と自動運転促

ビジネス

米アポロ、後継者巡り火花 トランプ人事でCEOも離
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中