最新記事

北朝鮮

北朝鮮エリートは敵か味方か、復讐を誓う脱北庶民たち

2017年2月2日(木)15時12分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Kim Hong-Ji-REUTERS

<北朝鮮に対しては、金正恩とエリート層を切り分け、エリート層の生存を保障することで内部からの変化を誘発すべきとする主張が目につくようになった。しかし、一般国民の間では「いつか必ずヤッてやる」というような物騒な声が......> (写真は、2016年のソウルでの反北デモから)

北朝鮮のエリート層が、金正恩党委員長に対して反旗を掲げるよう環境を整えるべき――米国の有力シンクタンク・外交評議会(CFR)の朝鮮半島専門家であるスコット・スナイダー上級研究員は1月31日、米上院外交委員会の聴聞会でこのような主張を行った。

無実の人々を処刑

その趣旨は、概ね次のようなものだ。

米国は、正恩氏と北朝鮮のエリート層が不可分の「運命共同体」であるとの認識から脱するべきだ。そして北朝鮮が核兵器を放棄し、人権などの国際規範を遵守するとき、北朝鮮とそのエリート層の生存が保障されるということを示すべきだ――。

筆者は、この意見に反対ではない。しかし北朝鮮の権力者たちの「やりたい放題」の実態を知ってみれば、実行に当たっては留保すべき部分があるとも考える。

(参考記事:将軍様の特別な遊戯「喜び組」の実態を徹底解剖

スナイダー氏が述べたような主張は、昨年から目につくようになった。嚆矢となったのは、韓国の朴槿恵大統領が8月15日、光復節(日本の統治からの解放記念日)71周年を祝う式典で行った演説かも知れない。この中で朴氏は、「北朝鮮当局の幹部と住民のみなさん」と呼びかけ、「統一はあなた方すべてが、いかなる差別や不利益もなく同等に扱われ、それぞれの能力を存分に生かし、幸福を追求することのできる新たな機会を提供します」と述べた。

「幹部(エリート)」と「住民(一般国民)」を同列に扱い、正恩氏と「幹部」を区別して見せたのだ。

北朝鮮が核武装した今、国際社会は先制的な軍事力の行使などの外科的な方法で、北朝鮮の抜本的な変化を実現する手段をほとんど失ってしまった。残されたのは、内部からの変化を誘発する方法だけだ。

そうである以上、上記のような主張は合理的と言えるだろうし、脱北したテ・ヨンホ元駐英北朝鮮公使も同様のことを言っている。

しかし、強者が弱者を踏み台にして生き延びる北朝鮮社会に、庶民の犠牲と無縁なエリートがどれだけいるだろうか。強大な権力を武器に、無実の人々に極刑に追いやる秘密警察の「恐喝ビジネス」は極端な例であるとしても、庶民の側からすれば権力者と金持ちは「皆同罪」に見えるかもしれない。

実際、デイリーNKジャパンの記者が接触している韓国在住の若い脱北者の男性は、北朝鮮のエリートが脱北したとのニュースに接するたび、憤りも露わにこう語るという。

「あいつら大勢の命を奪って生きてきたくせに、こっち(韓国)に来てもチヤホヤされ、いい気になっていやがる。しかし北の社会が変わり、恨みを持つ人間が大勢やってくるようになれば、そうしてもいられまい。いつか必ずヤッてやる」

感情的には、これも十分に理解できる主張だ。

今後、金正恩体制が核開発を進展させるほどに、それを食い止めるべく「エリート層に反抗させよう」との意見は強まるかもしれない。ただ、北朝鮮社会の変化は一部のエリート層だけでは起こせない。そのような試みは、暴力で簡単に踏みつぶされる。

成功の可能性を高めるには、より広範な人々による大きなうねりが必要であるという事実から、目を背けてはならない。

(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて...崔龍海の極悪性スキャンダル

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 初の実

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁

ビジネス

大手IT企業のデジタル決済サービス監督へ、米当局が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中