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北朝鮮北朝鮮エリートは敵か味方か、復讐を誓う脱北庶民たち
Kim Hong-Ji-REUTERS
<北朝鮮に対しては、金正恩とエリート層を切り分け、エリート層の生存を保障することで内部からの変化を誘発すべきとする主張が目につくようになった。しかし、一般国民の間では「いつか必ずヤッてやる」というような物騒な声が......> (写真は、2016年のソウルでの反北デモから)
北朝鮮のエリート層が、金正恩党委員長に対して反旗を掲げるよう環境を整えるべき――米国の有力シンクタンク・外交評議会(CFR)の朝鮮半島専門家であるスコット・スナイダー上級研究員は1月31日、米上院外交委員会の聴聞会でこのような主張を行った。
無実の人々を処刑
その趣旨は、概ね次のようなものだ。
米国は、正恩氏と北朝鮮のエリート層が不可分の「運命共同体」であるとの認識から脱するべきだ。そして北朝鮮が核兵器を放棄し、人権などの国際規範を遵守するとき、北朝鮮とそのエリート層の生存が保障されるということを示すべきだ――。
筆者は、この意見に反対ではない。しかし北朝鮮の権力者たちの「やりたい放題」の実態を知ってみれば、実行に当たっては留保すべき部分があるとも考える。
(参考記事:将軍様の特別な遊戯「喜び組」の実態を徹底解剖)
スナイダー氏が述べたような主張は、昨年から目につくようになった。嚆矢となったのは、韓国の朴槿恵大統領が8月15日、光復節(日本の統治からの解放記念日)71周年を祝う式典で行った演説かも知れない。この中で朴氏は、「北朝鮮当局の幹部と住民のみなさん」と呼びかけ、「統一はあなた方すべてが、いかなる差別や不利益もなく同等に扱われ、それぞれの能力を存分に生かし、幸福を追求することのできる新たな機会を提供します」と述べた。
「幹部(エリート)」と「住民(一般国民)」を同列に扱い、正恩氏と「幹部」を区別して見せたのだ。
北朝鮮が核武装した今、国際社会は先制的な軍事力の行使などの外科的な方法で、北朝鮮の抜本的な変化を実現する手段をほとんど失ってしまった。残されたのは、内部からの変化を誘発する方法だけだ。
そうである以上、上記のような主張は合理的と言えるだろうし、脱北したテ・ヨンホ元駐英北朝鮮公使も同様のことを言っている。
しかし、強者が弱者を踏み台にして生き延びる北朝鮮社会に、庶民の犠牲と無縁なエリートがどれだけいるだろうか。強大な権力を武器に、無実の人々に極刑に追いやる秘密警察の「恐喝ビジネス」は極端な例であるとしても、庶民の側からすれば権力者と金持ちは「皆同罪」に見えるかもしれない。
実際、デイリーNKジャパンの記者が接触している韓国在住の若い脱北者の男性は、北朝鮮のエリートが脱北したとのニュースに接するたび、憤りも露わにこう語るという。
「あいつら大勢の命を奪って生きてきたくせに、こっち(韓国)に来てもチヤホヤされ、いい気になっていやがる。しかし北の社会が変わり、恨みを持つ人間が大勢やってくるようになれば、そうしてもいられまい。いつか必ずヤッてやる」
感情的には、これも十分に理解できる主張だ。
今後、金正恩体制が核開発を進展させるほどに、それを食い止めるべく「エリート層に反抗させよう」との意見は強まるかもしれない。ただ、北朝鮮社会の変化は一部のエリート層だけでは起こせない。そのような試みは、暴力で簡単に踏みつぶされる。
成功の可能性を高めるには、より広範な人々による大きなうねりが必要であるという事実から、目を背けてはならない。
(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて...崔龍海の極悪性スキャンダル)
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。