最新記事

中国

改めて今、福原愛が中国人に愛されている理由を分析する

2016年8月31日(水)17時14分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 微博開設前からも中国の愛ちゃん人気には絶大なものがあった。2015年に江蘇省蘇州市で開催された世界卓球選手権では、ほとんどホームのような状況で、ほぼすべての観客が愛ちゃんに大声援を送った。2回戦でウクライナのタチアナ・ビレンコに破れて敗退すると会場にはため息が広がったという。

 2014年の仁川アジア大会でも、中国メディアの注目は福原に注がれた。例えば、CCTVは「アジア大会最強人気―福原愛」と題して放送している。

お人形さん、東北方言、愛嬌、当意即妙の受け答え......

 なぜ福原愛はこれほどまで中国人に愛されているのだろうか? その背景を分析しよう。

 まずあげられるのは、日本と同じく、中国の卓球ファンにとっても"顔なじみ"であるということ。2005年から2006年にかけ、福原は中国スーパーリーグに所属し、チームの一員として戦った。主力ではなかったものの、中国のメディアに取り上げられ認知度を高めている。あるテレビ番組では「あなたが弱くてチームに迷惑をかけたらどうしますか?」ときついツッコミを受けたが、涙目になりながらも「絶対にそうはしません」と反論。

 この時に得たのが「瓷娃娃」(ツーワーワー)というニックネームだった。直訳すれば「お人形さん」という意味になるが、人形とはいってもぷくぷく太った赤ちゃんをかたどった中国伝統のスタイル。縁起物なのだが、愛ちゃんの丸顔がそれを想起させたということだろうか。

 また、小さい頃から中国人コーチのもとで練習に励んでいた福原は中国語が堪能。しかも東北方言まで使える。中国では東北方言というと相声(漫才)で多用されるユーモラスな方言だ。「日本のかわいい女の子が東北方言で話している!」というだけで、中国人にとってはべらぼうに面白く感じられる。リオ五輪でも中国人記者の取材に早口言葉のような返答を返し、「十級東北話」(東北方言のエキスパート)なる称号までつけられている。

 方言の面白さに加え、常に愛嬌があって当意即妙の受け答えができる上に、微博での書き込みのように人の胸を打つストレートなメッセージを発することもできる。タレント性と評するべきか、人間力の高さというべきか。ともあれルックスや言葉だけではなく、愛ちゃんの持つ個性そのものが人気を下支えしている。

 というわけで、中国人に受ける要素満載の福原愛だが、人気を決定的にしたエピソードがある。それが"大魔王との戦い"だ。2008年の北京五輪、女子シングルス4回戦で愛ちゃんは中国の張怡寧と戦った。当時、世界最強の女王として君臨していた張は圧倒的な力を見せつけたが、愛ちゃんは最後まで賢明に抵抗を続けた。

 途中、涙をこらえているかのように見えるシーンもあり、中国のネットでは「愛ちゃんかわいい。健気すぎる」「張大魔王、手を抜いてやれ」などなど、ちょっとした話題となった。この「大魔王」エピソードが愛ちゃん人気をブーストする大きな要因になったようだ。

【参考記事】リオ五輪でプロポーズが大流行 「ロマンチック」か「女性蔑視」か

 さて、最後に余談となるが、台湾の卓球選手、江宏傑との恋愛について少しだけ触れておきたい。台湾では「愛ちゃんは台湾人と結婚へ、中国ネットユーザーは涙目」といった内容の記事があり、一部は翻訳されて日本にも伝えられている。台湾人との恋愛は果たして、中国における愛ちゃん人気に影響するのだろうか。

 気になって調べてみたのだが、意外なネットの反応が明らかとなった。素直に祝福している声が大多数な上に、ナショナリズムの権化のような人々の間でも「台湾は中国の一部。台湾人との結婚はすなわち中国人との結婚にほかならない。愛ちゃん、ウェルカム」というノリの声ばかり。台湾メディアが伝えた涙目の中国ネットユーザーとやらは見つからなかったのだった。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、年間では2017年以来の大

ワールド

原油先物、25年は約20%下落 供給過剰巡る懸念で

ワールド

中国、牛肉輸入にセーフガード設定 国内産業保護狙い

ワールド

米欧ウクライナ、戦争終結に向けた対応協議 ゼレンス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中