最新記事

コンピュータはベストセラーを予測できるか

2016年7月27日(水)11時50分
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)

Mike Segar-REUTERS

<コンピュータによる全文解析でベストセラーが予測できる、とする書籍が近々米国で出版され、既に賛否両論を巻き起こしていている>

 ベストセラーの秘訣が「解読」出来たという、出版関係者にとって気になる本が近々米国で出版される。全文解析という、非マーケティング系の技術を使ったアプローチが最大のポイントで、すでに賛否両論を巻き起こしているようだ。もし有効性が認められ、普及すれば、編集者の仕事にも影響を及ぼしそうだ。

全文解析が導くベストセラーのアルゴリズム

 「ベストセラー」の秘密を掴むことは、出版界の永遠のテーマで、本のテーマにもなってきた。9月20日にマクミラン系のセント・マーティンズ社から刊行される『ベストセラー・コード』(The Bestseller Code: Anatomy of the Blockbuster Novel Hardcover, by Jodie Archer, Matthew L. Jockers, St. Martin's Press, 2016)はその最新のものだが、デジタル人文学の専門家でネブラスカ大学のマシュー・ジョッカー教授と、ペンギンUKの編集者やアップルの研究職を経て独立したライター、ジョディ・アーチャー氏の共著者コンビが、「ある原稿がNYタイムズ紙ベストセラー・フィクションのトップを占める確率を97%の確度で予想するアルゴリズム」について語る、という売り文句は十分に訴求力がある。

 著者たちのアプローチは、現在のベストセラー・リストから、トーンやムード、話題、スタイルを読み取り、読者の嗜好や願望をアルゴリズム化し、原稿と対照してスコア化するというものだ。技術的な詳細は不明だが、方法的には合理的なものだ。少なくとも、大手書店チェーンの発注予約状況からベストセラーを予測するのと同程度の有効性はあっても不思議ではない。

 発売はまだ先なので、筆者もまだ読んでいないが、すでに書店・書評用のコピーは出回っており、議論が生まれている。コンサルタントのマイク・シャツキン氏は「コンピュータによる全文解析がベストセラーを予測できる可能性は限りなく低い」(06/27)と書き、ITサービス企業 Intellogo のニール・ボルテーザーCEOは「機械学習はベストセラー予測を助けることができる」(07/20)と書いた。新刊のプロモーションには十分だろう。

編集者の仕事が変わる

 本書は全文解析という技術がベストセラー予測に(高い確率で)使える、と主張する。原稿を読み込んでイケそうかどうかを判断し、あるいはイケるように、著者とともに推敲していくのが編集者の仕事だが、ほとんどの編集者は、そんな仕事がコンピュータに勤まるとは思っていないし、そもそもそれがベストセラーにつながるとも思っていないだろう。

 「ベストセラー」は著者、ファン、テーマ、それに社会のムードといった得体の知れないものの関係で決まると考えられているが、不確実性を前に決断するのはギャンブラーのセンスが必要で、編集者に求められる忍耐強さや厳密さと一致しない。

 しかし、もしかすると「原稿」の中にベストセラーの可能性を(高い確率で)読み取るアルゴリズムがある、としたらどうだろう。アマゾンを中心としたマーケティング・アルゴリズムのほかに、クリエイティブ系のアルゴリズムが成立し、両者を総合した第3のモデルが生まれる可能性もある。

 コンピュータに本を読ませる全文解析の技術は、デジタル人文学の中でも地味な分野で、これまでビジネスには最も遠いと考えられてきた。そんなものが出来たら編集者の仕事も奪われかねないので、車の運転以上に「コンピュータに出来てほしくない」仕事にランクされるだろう。しかし、問題は事実と根拠で、アルゴリズムが人間(著者、編集者、出版社)に役立つものなら普及には時間がかからないと思われる。

○参考記事
Yes, Machine Learning Can Help Predict a Bestseller, By Neil Balthaser, Digital Book World, 07/20/2016
Full text examination by computer is very unlikely to predict bestsellers, By Mike Shatzkin, The Shatzkin Files, 06/27/2016

※当記事は「EBook2.0 Magazine」からの転載記事です。

images.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中