最新記事

人種問題

黒人を救うには最低賃金を廃止せよ

2016年7月14日(木)18時15分
トーマス・ファイレイ

警官による黒人射殺に抗議するデモ Bria Webb-REUTERS

 アメリカ社会が揺れている。先週はルイジアナ州とミネソタ州で黒人男性が警察官に射殺される事件が相次ぎ、さらにテキサス州ダラスで黒人の男が警察官を狙撃し5人が殺害される事件が起きた。一連の事件は、アメリカの黒人が直面する苦難を改めて浮き彫りにした。黒人はアメリカ人全体と比べて凶悪犯罪の被害者になる確率が突出しており、失業率や貧困率が極めて高く、低所得者層が多い。まさに苦難の渦中にある。

【参考記事】警官に射殺された黒人青年、直前に3度警察に助けを求めていた
【参考記事】報復警官殺しで、混乱深まる人種間対立

 これまでも事あるごとに問題になってきたが、そのたびに政治家は、何となく黒人の「権利拡大」や「地位向上」につながりそうな、大して代わり映えのない政策を掲げてきた。ほとんどの場合、そうした政策によって権利を拡大してきたのは主に公務員で、本来の目的である黒人とその他の間の格差を埋めることはできなかった。政策の失敗が明らかになるころには、世論や政治家の関心はすでに下火になっており、新たな事件の発生を待つしかなかった。

一見弱者に優しい制度だが

 今回こそ、政治家は従来とは考え方を改め、実際に黒人の為になる政策を試みるときだ。当研究所でも教育や刑事司法制度、セーフティーネット(安全網)の改革に関する提言を行っているが、ここではもう一つ、シンプルだがやや意外に聞こえるかもしれない提言をしよう。最低賃金の廃止だ。

 否定する政治家もいるが、最低賃金の引き上げによって低所得者層の失業が増えることは、今では広く知られている。2013年の研究では、最低賃金の引き上げと犯罪の増加には、直接的な因果関係があることも明らかになった。これらの実証研究を否定するのは、気候変動に関する研究を否定するのと同じくらい無意味だ。研究では、最低賃金がもたらす悪影響によって最もダメージを受けるのは「若年層の黒人男性」だということも分かっている。それはまさに、黒人の中でも最悪の苦境に置かれている層だ。

【参考記事】最低賃金が最低過ぎる超大国アメリカ

 誰にでも最低の賃金を保障する制度は一見、弱者に優しく見える。しかし実際には企業は、最低賃金を下回るスキルしか持たない未熟練労働者を雇わなくなる。代わりにもし、初心者でも仕事に就けるチャンスがもっとあれば、若年層の黒人男性もいくばくかの収入を得ながら職業経験を積み、より賃金の高い仕事に転職し、最終的に暴力や貧困から遠ざかることもできるだろう。

 若年層の黒人のために最低賃金を廃止することは、重要な歴史的転換点にもなるだろう。最低賃金が設定された背景には、黒人や女性の雇用を奪うことで、白人男性が優先して仕事に就くべきだと信じた進歩主義者の狙いもあった。経済的に苦闘する黒人の今日の姿は、そうした進歩主義者による計画が、アメリカ社会でいかにうまくいったかを象徴するものだ。

Thomas A. Firey is managing editor of the Cato Institute's magazine Regulation.
This article first appeared in the Cato Institute site.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノルウェー・エクイノール、再生エネ部門で20%人員

ワールド

ロシア・イラク首脳が電話会談 OPECプラスの協調

ワールド

トランプ次期米大統領、ウォーシュ氏の財務長官起用を

ビジネス

米ギャップ、売上高見通し引き上げ ホリデー商戦好発
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中