最新記事

アメリカ社会

銃乱射犯に共通する「本物の男」信仰

2016年6月16日(木)19時15分
リサ・ウェード(米オクシデンタル大学社会学教授)

ブロック・ターナー(左) とオマル・マティーン Santa Clara County Sheriff's Department--Reuters, Omar Mateen via Myspace--Reuters

<男としての特権的地位を守るためには何をしてもいい──アメリカの一部の男たちが共有する特有のカルチャーが多くの暴力犯罪を生んでいる>

 この週末、アメリカは衝撃的なニュースに揺れた。民間では史上最多の犠牲者を出した銃乱射事件だ。理不尽な悲劇は、怒りや悲しみ、そして無力感を引き起こす。

 同時に、忘れ去られる事件もある。スタンフォード大学の水泳選手ブロック・ターナーがフラタニティ(男性学生クラブ)のパーティーで、飲み過ぎで意識を失った女子学生をレイプした事件だ。ターナーは先週、禁錮6カ月の実刑判決を受けたが、報道によると3カ月で仮釈放される見通しだ。「刑務所の夏休み」とも揶揄される甘い処分に批判が殺到した。

 フロリダ州オーランドのナイトクラブで自動小銃を乱射したオマル・マティーンと、名門大学でレイプ事件を起こしたターナー。一見すると何の共通点もなさそうだが、社会学者の目で見ると、2つの事件の底流には共通の要素がある。

【参考記事】銃乱射犯に負け犬の若い男が多い理由

序列、男らしさ、性的暴行

 ターナーは白人でスタンフォード大学に在学し、水泳の実力も全米代表レベル。いかにもアメリカン・エリートにいそうな若者だ。彼が犯した罪もまたアメリカ的だ。レイプ犯の心理には男性優位の優越感と男の特権意識が潜むと、多くの研究調査が実証している。

 筆者の研究テーマは「キャンパスにおけるセックス」だ。キャンパスでは「特権的な地位にある」男子学生が性暴力を振るう確率が高い。フラタニティのメンバー、とくに一部のアスリートにはその傾向が顕著だ。こうした男子学生は他の男子学生以上に、性のダブルスタンダード(二重基準)を振りかざす。性的に活発な男子学生は尊敬を集めて当然で、誘いに乗らない女子学生は非難され、性的虐待を受けて当然という考えだ。

 彼らは過剰なまでに男らしさを誇示し、同性愛者を憎悪する。男は女より上で、暴力を振るい、性的なジョークを飛ばすのは男の特権だと思い込み、女性蔑視的な言動を好み、レイプについての誤った考えを変えようとしない。キャンパスでの性的暴行では、アスリートが加害者になるケースが多い。女子学生は他のパーティーに参加するか、パーティーにまったく参加しない場合に比べ、フラタニティのパーティーに参加して被害に合う確率が高い。

序列、男らしさ、暴力的ホモフォビア

 マティーンの犯罪もこうした男性性の誇示と無縁ではない。マティーンの父親はメディアの取材に対して、息子は男性同士がキスするのを見て激怒していたと語っている。しかも報道によれば、マティーンは事件を起こしたナイトクラブの「常連客」で、同性愛の相手を募るデートアプリを使用していたという。

 同性愛者に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)も、女性に対する暴力(報道によれば、マティーンは元妻に暴力を振るっていた)も、その根っこには硬直した父権主義的な男性性の概念がある。女性やゲイやバイセクシュアルの男性を見下ろして、「俺は本物の男だ」と威張りたがる心理だ。同性に性的な魅力を感じたことがある男性はなおさら、同性愛者を激しく憎悪し、攻撃性を爆発させがちだ。

【参考記事】バングラデシュ唯一のLGBT誌エディター、なたで殺害

 社会学者のマイケル・キンメルが論じているように、銃乱射事件が起きるたびに銃規制や精神疾患、さらに今回の事件では、犯人がイスラム教徒であることに人々の目が向いているが、これらの事件を結び付ける最も強力な要因が見逃されている。無差別の銃乱射事件の犯人はほぼ例外なく男であることだ。キンメルはその著書『ガイランド(男の国)』で、多くの男の子は大人の男に成長する過程で「『本物の男』に憧れ、自分はそうなれるはずだと自惚れて、それを妨害する者は抹殺していいと思い込む」と述べている。
 
 ここで言う「抹殺」は、文字通りの意味だ。

 学校で起きる銃撃事件では、犯人の少年が周囲から同性愛者と見られることを恐れ、同性愛者やそれとおぼしき生徒を襲うことで、自分はストレートだと同級生にアピールしようとするケースが少なくない。

 男性が同性愛者に恐怖心を抱く心理は分からないでもない。女性は当たり前のこととして耐えているが、性的興味の対象にされ、獲物を見るような目で見られれば、身の危険を感じるものだ。さらに男性は同性に性的な関心を持たれると、自分が女になったような気がして、受け身の弱い立場に置かれた気分になるのだろう。男らしさにこだわる男性にとってはそれだけでも脅威だが、同性に見つめられることに密かに快感を覚えた場合は、自己嫌悪とないまぜになって猛烈な憎悪のとりこになる。

「俺は本物の男で、女を性的に支配できる」──そんな妄想にとらわれていたマティーンは、公共の場でキスする男性のカップルに怒りを燃やし、同性に引かれる自分を嫌悪して、男性性の幻想を揺さぶる同性愛者を抹殺しようとしたのかもしれない。

最大公約数

 銃乱射による大量殺人は、恐ろしいことに、アメリカ文化に特有の現象になりつつあるようだ。自分たちの特権を守り、自らのアイデンティティーの拠り所である序列を守るために、アメリカの中のある種の男たちが潜在的に共有している方法だ。

【参考記事】【統計】銃犯罪の多さは銃規制の緩さと比例するか

 メディアや一部の大統領候補は、マティーンの両親がアフガニスタン出身であることに注目しがちだ。だがマティーンは、ブロック・ターナーと同じくアメリカで生まれ、育ち、成人した。ISISの一員になろうとしたフシもあるが、彼がアメリカの産物であることに変わりはない。あれがテロだったのは間違いないが、アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人を標的としたテロだ。

 社会学者はパターンを探す者だ。問題は、ブロック・ターナーやオマル・マティーンにとどまらない。それはケビン・ジェームズ・ロイブルだ。彼は、オーランドの銃乱射の前夜、歌手のクリツティーナ・グリミーを撃ち殺した。これはジェームズ・ウェズリー・ハウウェルでもある。彼は日曜、ロサンゼルスで行われる同性愛者のパレードに行く途中に大量の銃や弾丸を所持していて捕まった。パレードの参加者を撃つつもりだったという。これは、自分の優越性を守るため銃に頼る男たちのグロテスクなリストだ。

 何かが変わらない限り、また病的な事件が起こり、リストに加わるのだろう。

Lisa Wade, Professor of Sociology, Occidental College

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 2人負

ビジネス

大手IT企業のデジタル決済サービス監督へ、米当局が

ビジネス

独VW、リストラ策巡り3回目の労使交渉 合意なけれ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中