最新記事

テロリスト

ISISの国庫をむしばむ「納税者」大脱走

「イスラム国」の恐怖政治にも耐えた住民が、重税に耐えかね逃げ出し始めた

2016年1月25日(月)16時30分
ダニエル・ビア(エニシング・ピースフル編集長)

疑似国家 首都と称するシリアのラッカで「イスラム国の国旗」を掲げる戦闘員 REUTERS

 ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)からCNNにもたらされたリーク情報によると、国家を模したこのテロ組織はいま、大規模な財政削減に取り組んでおり、戦闘員やスタッフの給与も一律50%カットしたという。



 米議会調査局によれば、ISIS戦闘員の給料は月400~1200ドルで、その他に扶養手当が妻50ドル、子供は一人25ドル支給される。

 だが戦時の国家運営は金がかかる。アメリカ率いる有志連合の空爆も効果を上げており、ISISにはかつてのような高い給料を戦闘員に払う余裕がない。

 ISIS「政府」のメモにはこうある。「『イスラム国家』の例外的な窮状に鑑み、戦闘員たちの給料は半分とする。地位などに関わらず、例外は一切認めない」

 ISISの財政が逼迫している最大の原因は、アメリカとロシアが空爆で彼らの金庫や石油関係施設を破壊したことだ。それでもISISがその疑似国家を運営し続けるためには、インフラを整備し、学校を開き、パンに補助金を出した上で戦争をし、罪をでっち上げては大勢の人間を処刑しなければならない。

重税は恐怖政治より怖い

 だが問題は、歳出だけでなく歳入のほうにもあると、ケイトー研究所のダニエル・ミッチェル上級研究員は指摘する。ISISの主な財源は、自分たちの支配下に置いた土地の住民から取る税金だが、ISISは今、税率を上げれば上げるほど税収が減るという皮肉な現象に直面している。

 この現象は、経済学では「ラッファー曲線」として有名だ。経済学者のアーサー・ラッファーはかつて言った。「税率をどんどん上げていけば、ある時点から税収は減り始める」

 またオンライン誌スレートのアダム・チョドロウは次のように書いている。



 ISISの税金は今ではあまりに重くなり過ぎて、ISISのイスラム原理主義や恐怖支配からも逃げなかった住民がシリアやイラクから逃げ出している......

 いかに暴力を振りかざしても、経済を動かす基本原理の一つであるインセンティブ(労働意欲)の制約からは逃れられない。ISISは戦争難民を作り出しているだけでなく、租税難民も作り出しているのだ。

 シリアやイラクから人々が逃げ出してビジネスが消えていけば、経済も死ぬ。そしてISISの徴税能力と戦争を継続する能力は徐々に干上がっていく。ISISが難民を裏切り者と考える理由の一つはそれかもしれない。難民は真のイスラム国家を捨てただけでなく、課税所得も持ち逃げしてしまったからだ。

 ISISが本当に彼らの大義を信じていたとしても、戦闘員の動機が少しでも金銭的報酬にあるとすれば、給料を半分に削減すれば新兵の勧誘は困難になり、脱走者も増えるだろう。いかにイスラム国家でも、インセンティブの法則には逆らえない。

This article first appeared on the Anything Peaceful.
Daniel Bier is the editor of the Anything Peaceful blog on the Foundation for Economic Education.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

パラマウント、ワーナーに敵対的買収提案 1株当たり

ワールド

FRB議長人事、大統領には良い選択肢が複数ある=米

ワールド

トランプ大統領、AI関連規則一本化へ 今週にも大統

ビジネス

インフレ上振れにECBは留意を、金利変更は不要=ス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中