最新記事

宗教対立

インド「牛肉リンチ事件」に与党の影

2015年11月18日(水)15時22分
ニミシャ・ジャイスワル

 その形はさまざまだ。牛肉禁止令、ヒンドゥー教徒を改宗させようとする少数派の陰謀の噂、不当な暴行の加害者の肩を持つ政治家、「ヒンドゥー教徒らしくない」行為をめぐってつかみ合いのけんかをする議員......。

 ニガムが指摘するようにインドでは選挙運動中に宗教的憎悪をあおる行為をすれば出馬資格を失うが、選出されてしまえば表現の自由と見なされる。

 インド人は宗教に関係なくヒンドゥー教徒のように暮らすべきだ──そんな考えが90年代以降拡大していると、デリーのジャワハルラル・ネール大学のタンウィール・ファザル准教授(社会学)は指摘する。ヒンドゥー至上主義は過去1年半の間に反主流から主流に転じている。

 過激な原理主義が長期的にはインドの均質化を目指しているにせよ、短期的な狙いはただ1つ──有権者の票だ。「短期的には暴力は常に選挙絡みだ」とニガムは言う。「ヒンドゥー至上主義政党がヒンドゥー教徒を結束させ、イスラム教徒と分裂させたがっていることと関連している」

 対立する住民同士の暴力に身の危険を感じたイスラム教徒は自分たちに味方する政党を支持する。一方、ヒンドゥー教徒は普段はカーストごとに分裂しがちだが、宗教対立が起きると多数派の権利を擁護する政党への支持が高まる。

 ファザルによれば、こうした住民間の暴力が最近特に目立つのは、BJPが2位か僅差で3位につけている選挙区だ。14年の米エール大学の調査では、選挙前年に住民同士の暴力が起きるとBJPの得票率が上昇していた。

沈黙に秘められた思惑

 02年のグジャラート州の暴動がいい例だ。同州では当時BJPの支持率は低迷していたが、13年後の今も政権を握っている。ファザルによれば「住民間の暴力に関するインドの社会科学の文献はすべて、それが散発的ではなく常に組織されたものであることを示唆している」。

 インド各地でヒンドゥー系過激派組織がヒンドゥー教の価値観を守るべく目を光らせている。「BJP政権の誕生でこうした勢力は勢いづいている」と、ファザルは言う。「自分たちには追い風が吹いていて、社会を絶えず不安定な状態にしておける、というムードがある」

 こうした状況では、どんなに漠然とした噂も暴力の口実になる。イスラム教徒がヒンドゥー教徒の女性にセクハラをした、コーランが汚された、ヒンドゥー教の像が盗まれた......。

 暴力が収まってから噂が本当だったという証拠が見つかったことはない。インド内務省によれば、13年にはそうした制裁がウッタルプラデシュ州だけで250件近く発生した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中