最新記事

中東

記者が見たシリア無差別攻撃の現実

2013年9月2日(月)14時23分
アイマン・オグハンナ(ジャーナリスト)

 ほんの少し前まで、少年は自宅の庭で遊んでいた。それが今は、壁には血が飛び散り、片方の靴だけがそばに転がり、火薬の臭いが辺りに充満している。

 フセイン少年は、安物のカーペットに包まれて埋葬される。家族や友人や隣人をいつでも埋葬できるように、カーンアソブルの住人たちは町に墓穴を十数カ所用意している。

 埋葬は手早く終わらせる。母親が息子の無残な姿を見ずに済むようにという面もあるが、別の理由もある。政府軍は葬儀を狙って攻撃してくるのだ。そうやって、これまで多くの命を奪ってきた。

 政府軍の無差別砲撃により、市民は自らの意思に関係なく、本来当事者でない戦いに引きずり込まれている。

 シリアで続いている戦いをめぐるニュースでは、「化学兵器」「イスラム過激派」「レッドライン(越えてはならない一線)」といった言葉が飛び交うが、見落とされがちな点がある。それは、戦いで命を奪われている人に占める割合では、どの勢力の戦闘員よりも非戦闘員が多いという現実だ。

 戦いは既に3年目に入った。これまでの死者は、国連によれば9万3000人、非営利の人権擁護団体であるシリア人権監視団によれば10万人を超える。しかし、正確な数字は分からない。殺された人数があまりに多く、しかも非戦闘員が大勢含まれているからだ。

「シリア人の命は統計上の数字としてしか認識されなくなった」と、サファフ医師は言う。それでも、その一つ一つの数字には名前があるのだ。6歳のフセイン・サファフのように。

 救急車運転手のマフムードとは、砲撃で破壊された1軒の家で出会った。緑の目とカールした髪が印象的な28歳だ。ほかの2人と一緒に、軽量コンクリートブロックで建て直された平屋建ての家の壁をコンクリートで塗る作業をしている。

 そばには、いつ呼び出しがあってもいいように無線機がぶら下げられている。そして、少し離れた場所に止めてある救急車の上には、青い防水シート。政府軍機から見つからないようにするためだ。政府軍は、救急車や医師、病院を狙い撃ちにする──完全に無差別に攻撃していないときは。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中