最新記事

中東

エジプトを「買収」?カタールの真意

「民主化」の後遺症に苦しむアラブ諸国に天然ガスマネーのバラまきで影響力を拡大中だが

2013年6月13日(木)16時01分
マイク・ギグリオ(本誌記者)

首都ドーハで開かれたアラブ連盟首脳会議に出席するハマド首長(3月) Louafi Larbi-Reuters

 エジプトでは2011年に約30年間続いた長期独裁政権が崩壊し、昨年イスラム原理主義系の新政権が誕生した。しかしその後も政治的混乱は続き、財政難が深刻化している。そんなエジプトに年間10億ドルを超える支援をしているのがアメリカだ。3月にはケリー米国務長官が2億5000万ドルの追加支援を発表した。

 ところがそのアメリカをはるかに上回る太っ腹な国がある。ペルシャ湾岸の小さな首長国、カタールだ。人口は200万人足らずだが天然ガスの埋蔵量は世界第3位。新生エジプトに対する支援は既に総額50億ドルに達しており、今後5年間でさらに180億ドルの投資を計画している。その上先週、景気テコ入れのため30億ドル分のエジプト国債を購入すると発表した。

 この突然の巨額援助に多くのエジプト人が衝撃を受けた。「これでカタールはエジプトを併合したも同然だ」と皮肉るツイートもあった。

 米ワシントン中近東政策研究所のサイモン・ヘンダーソンによれば、カタールのエジプトに対する援助額はアメリカとは「桁違い」だ。しかも「カタールのやり方はアメリカとは異質だ。アメリカは物分かりが悪いがカタールは物分かりがいい、という印象を与えている」とヘンダーソンは言う。「カタールはカネで影響力を買っている。分からないのは見返りに何を求めているかだ」

 カタールはイギリスやフランスをはじめ、世界中に投資しているが、過去2年間は「アラブの春」後の混乱に乗じて中東での影響力を拡大。その真の狙いをいぶかる声が上がっている。

 リビアやシリアでは反政府勢力を支援し、チュニジアでも財政難に苦しむ新政権を援助してきた。07年以降イスラム原理主義組織ハマスが実効支配しているパレスチナ自治区のガザ地区にも、巨額の復興資金をつぎ込んでいる。

国内外から反発の声も

 国外のイスラム主義勢力を支援しているという批判もある。エジプトのモルシ大統領の支持母体であるムスリム同胞団もその1つだ。イデオロギー的な動機もあるだろうが、カタールのハマド政権としては国内のイスラム主義勢力を懐柔したいという思惑もあるのではないかと、ヘンダーソンはみている。

 しかし最大の関心事は影響力の獲得らしい。となればアラブの大国エジプトに目を付けるのは当然だ。「カタールはエジプトの難局を自国の地位向上に利用している。アラブ政治の舞台で端役から主役級に、あわよくば主役にのし上がろうとしている」とヘンダーソンは言う。

 昨年6月にエジプト初の民主的選挙でモルシが大統領に選ばれたことで、カタールはエジプトをいい投資先と考えているのかもしれないと、英王立統合軍事研究所(RUSI)のマイケル・スティーブンズは言う。しかしエジプトの政治情勢(と経済)の悪化に伴い、カタール国内では反発も起きている。

「巨額のカネをつぎ込んでもエジプトの問題は解決できない」と、スティーブンズは言う。「エジプトなんか放っておけというのがカタールの世論。それでハマド政権の政策が大きく変わるわけではないだろうが、立場は苦しくなるはずだ」

 一方、エジプトの反モルシ派はカタールの支援に憤っている。エジプトへの関与を深めるカタールに、長年アラブで資金援助の大盤振る舞いをしてきたアメリカやサウジアラビアも懐疑的な目を向けるだろうと、米国防大学のポール・サリバン教授は言う。「みんなカタールの真意を測りかねている」

[2013年4月23日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国最大野党の李代表に逆転無罪判決、大統領選出馬に

ビジネス

独VWの筆頭株主ポルシェSE、投資先の多様化を検討

ビジネス

日産、25年度に新型EV「リーフ」投入 クロスオー

ビジネス

通商政策など不確実性高い、賃金・物価の好循環「ステ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 8
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 9
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 10
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中