最新記事

中東

単純化できないシリアの惨劇

自由を求める反政府軍を弾圧する独裁者アサド──メディアが描く構図は本当に正しいのか

2012年10月10日(水)15時10分
山田敏弘(本誌記者)

一触即発 シリアから砲撃を受け戦争準備を整えるトルコ軍(10月4日) Murad Sezer-Reuters

「アラブの春」をきっかけにシリアで騒乱が始まって1年半。反政府デモから事実上の内戦状態に拡大し、既に国内の死者は2万人に達するともみられている。しかし事態収拾の出口は見えず、最悪の状況を前に国際社会も何もできずにいる。

 シリアで抗議デモが始まったのは昨年1月のこと。3月になってデモが広がりを見せると治安部隊が鎮圧に乗り出した。やがてこれに対抗する「自由シリア軍」など反政府武装勢力と治安部隊の戦闘が各地で始まった。

 今年に入り、反政府勢力の牙城である中部ホムスを政府軍が制圧。その一方で、反政府勢力が首都ダマスカスに攻勢をかけるなど一進一退の攻防が続いてきた。7月中旬にダマスカスで起きた爆破テロでは、国防相やバシャル・アサド大統領の義兄である副国防相が暗殺された。

 そして今、戦場はシリア北部にある最大の商業都市アレッポに移っている。押され気味のアサド政権側も強気を崩しておらず、政府寄りのアルワタン紙は外交筋のこんなコメントを掲載した。「アレッポを最後の戦場に、政府がテロリスト(反政府勢力)を殲滅し、その後シリアは危機から脱するだろう」

 今回のシリア内戦をめぐっては、自由と民主主義を求める反政府勢力がアサド独裁政権による弾圧に苦しめられている、というイメージが特に欧米メディアを通じて浸透している。だが現実はそんなに単純ではない。

 シリアは複雑に入り組んだモザイク社会だ。イスラム教スンニ派が国民の70%以上を占めるのに、政治の実権を握ってきたのは同シーア派の分派であるアラウィ派のアサド一族だ。

 アサドの父ハフェズの時代から40年間も、人口の10%にすぎないアラウィ派がシリアを支配してきたことにスンニ派は不満を募らせてきた。この対立構造に、キリスト教徒や無数の民族や部族がそれぞれの思惑で絡んできた。


混乱は周辺国に波及する

 以前から、アサド政権が崩壊すれば多様なモザイク国家シリアが分裂して内戦に陥る、という懸念はあった。内戦の混乱は必ず周辺国に波及する。それを恐れるが故、周辺国はアサド政権を支持する道を選んできた。アサド失脚がもたらす不安定化のシナリオは、シリアと長年敵対してきた近隣のイスラエルも警戒してきたほどだ。

 シリアを代理戦争の場にしているのは、敵対するサウジアラビアとイランだ。前者はスンニ派を後者はシーア派の現政権を支持し、それぞれ武器供与などをしている。さらに歴史的にシリアと良好な関係を築いてきたロシアと、国連安保理決議でシリアを追い詰めたいアメリカの思惑も入り交じる。

 デモ発生後、アサドは一貫して事態が沈静化したと見せ掛けようとしてきた。閣僚を総入れ替えして新内閣を発足させ、48年間続いてきた非常事態法を解除。新政党法を承認して複数政党制を可能にし、総選挙も実施した。アラブ連盟や国連監視団も入国させた。一方で、国連・アラブ連盟合同特使のコフィ・アナン前国連事務総長の仲介による停戦合意はほごにしている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日銀、利上げ見送り論強まる 直前まで情勢見極め=1

ワールド

パンデミック再来なら経済損失は5年間で13.6兆ド

ビジネス

アングル:ナスダックが初の2万ポイント台 大手ハイ

ワールド

アフガン首都で爆発、タリバン暫定政権の難民相ら7人
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:韓国 戒厳令の夜
特集:韓国 戒厳令の夜
2024年12月17日号(12/10発売)

世界を驚かせた「暮令朝改」クーデター。尹錫悦大統領は何を間違えたのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 3
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 5
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 6
    ノーベル文学賞受賞ハン・ガン「死者が生きている人を…
  • 7
    韓国大統領の暴走を止めたのは、「エリート」たちの…
  • 8
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 9
    「糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすい」は嘘…
  • 10
    統合失調症の姉と、姉を自宅に閉じ込めた両親の20年…
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、妻の「思いがけない反応」...一体何があったのか
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    国防に尽くした先に...「54歳で定年、退職後も正規社…
  • 6
    朝晩にロシア国歌を斉唱、残りの時間は「拷問」だっ…
  • 7
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 8
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田…
  • 9
    人が滞在するのは3時間が限界...危険すぎる「放射能…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中