最新記事

歴史

ホロコーストをネタにするイスラエル

入植地からの退去を命じるイスラエル兵をユダヤ人がナチス呼ばわりするなど、歴史認識を歪めるたとえが氾濫している

2012年3月2日(金)14時38分
ダン・エフロン(エルサレム支局長)

悪趣味では済まない  強制収容所を想起させる服を子供に着せて政府の政策に抗議するデモ隊(エルサレム) Baz Ratner-Reuters

 昨年の大みそか、イスラエル人がエルサレムでデモを行った。子連れのデモで、子供たちはナチスの強制収容所でユダヤ人が着せられたのと同じような服を着ていた。それはある意味、今のイスラエルでホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の記憶が不気味なほど軽くなっていることの象徴だった。

 デモを行ったのは、ユダヤ教正統派の中でも超保守的な一派。乗り合いバスなどでの男女隔離の慣行を廃止しようとする世俗派の動きに反対する抗議行動だった。

 その隊列に何十人かの子供たちがいて、黄色い星を縫い付けたしま模様の服を着せられていた。世俗派の「攻撃」にさらされる自分たちを、あのホロコーストの犠牲者になぞらえたつもりなのだろう。

 これには左右両派の政治家はもちろん、国内外のユダヤ人グループからも、ホロコーストを矮小化する醜悪な試みだという怒りの声が上がった。

 そのとおりだ。だが、イスラエルの人たちが日頃の政治的な議論で、皮肉めかしてホロコーストに言及するのは今に始まったことではない。

 もちろん、イスラエルはホロコーストの記憶を決して忘れないし、EUやヨーロッパ諸国の一部はホロコーストの矮小化を法的に禁じている。

 それでもホロコースト追悼記念館ヤド・バシェム(エルサレム)の学術顧問イェフダ・バウアーに言わせると、「イスラエル人はホロコーストを、政治をはじめとするあらゆる場面で乱用している」。

 例えば1982年にイスラエルがレバノンに侵攻し、ベイルートでパレスチナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長を包囲した際のこと。イスラエルのメナヒム・ベギン首相(当時)は、アラファトをヒトラーに例えることで自国の行為を正当化しようとした。そんな比喩は「ホロコーストの真の意味をゆがめかねない」と、バウアーは危惧している。

同胞をナチス呼ばわり

 だが、イスラエル人が同胞のイスラエル人をナチス呼ばわりすることさえ珍しくないのが現実だ。パレスチナ自治区のヨルダン川西岸に勝手に住み着いたユダヤ人入植者たちは、退去を迫るイスラエル兵をナチス呼ばわりする。交通違反で摘発されたドライバーが、警官をナチスと呼ぶことも珍しくない。

 アメリカのユダヤ系団体である名誉毀損防止連盟(ADL)のエーブラハム・フォックスマン会長は、こうした不適切な例えは世界的に見られることであり、無知と時間の経過が原因だと指摘する。

 アメリカではフロリダ州選出のアレン・ウエスト下院議員(共和党)が昨年12月、共和党に関する偽情報を流す民主党を批判し、ナチスドイツの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスも感心するほどの巧みさだと皮肉って物議を醸した。

 インドでは、昨年11月に『ヒトラー・ディディ』と題する連続ドラマの放映が始まった。家事や仕事への責任感から人間性を失い、周囲に厳しく当たる女性ディディの物語だ(ADLなどからの批判を受けて、題名からヒトラーの名は削除された)。

 そんな傾向がユダヤ人の国イスラエルでも見られるのは、実に嘆かわしいことだ。何しろイスラエルには、ホロコーストを生き延びた人たちが今なお約20万人も暮らしている(もちろん世界最多だ)。

 それでもヤド・バシェムの学術顧問であるバウアーは、イスラエル人特有の心情を理解してほしいと言う。「この国はいつも、ホロコーストのトラウマを抱えている。だから対立する相手や敵と見える者を、すぐに自分たちの知る最悪の敵と同一視してしまうのだ」

[2012年1月25日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有

ビジネス

FOMCが焦点、0.25%利下げ見込みも反対票に注

ワールド

ゼレンスキー氏、米特使らと電話会談 「誠実に協力し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中