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安楽死

「自殺幇助は合法」スイスの流儀

世界で最も進歩的な安楽死制度を支持し外国からの「自殺ツーリズム」も受け入れるスイス人の人権意識

2011年6月28日(火)17時30分
佐伯直美(本誌記者)

自立自尊 自殺幇助はアルプスののどかなイメージとはかけ離れた一面だ Pascal Lauener-Reuters

 自殺に手を貸すのは禁止、外国から自殺しにやって来るのも禁止──常識以前と思えるルールだが、スイスでは自殺幇助も、外国の末期患者などが自殺目的で訪れるのも合法。チューリヒ州で先週、そんな「スイス流」の是非をめぐって異例の住民投票が実施された。

 世界で最も進歩的な安楽死制度を持つスイスでは自殺幇助が認められており、毎年チューリヒだけでも200人近くが自らの意思で命を絶っている。ヨーロッパではオランダ、ベルギー、ルクセンブルクが安楽死を容認しているが、外国人にもその機会を与えているのはスイスだけ。回復を見込めない慢性疾患患者など、末期患者以外でも本人が熟慮し、医師の厳しい審査を通れば自殺幇助を受けられる。

 ただ、そのおかげで外国人が安楽死の場を求めてやって来る「自殺ツーリズム」や、末期患者以外で安楽死を求める人の数が増え、社会問題になっていた。

 投票結果は現状維持派の圧勝。自殺幇助禁止には85%、自殺旅行禁止には78%が反対票を投じ、いずれも否決された。1941年から安楽死を認めているスイスでは、「最期の迎え方は自分で選ぶ権利がある」という意識が市民に深く根付いている。「人権には死に方を決める権利も含まれていると思う」と、ある地元住民はBBCに語った。

 外国人希望者の受け皿となっているチューリヒの自殺幇助団体ディグニタスは98年の設立以来、1000人以上を「助けて」きた。まばたきもできなくなる難病を患う医師、聴力と視力を失った85歳の指揮者と末期癌の妻......。08年には、じきに自力で呼吸できなくなる難病の末期患者が安楽死する姿を映したドキュメンタリー番組がイギリスで放映され、衝撃を与えた。

 外国人希望者は年々増える一方だ。ディグニタスで安楽死したイギリス人は、02〜07年には年平均14人だったが、08〜10年は約25人へ急増した。

 一方、ディグニタスを自国の不名誉と考えるスイス人も少なくない。次々と遺体が運び出される施設の周辺地域からは批判が絶えず、過去に何度も立ち退きになった。さらに昨年、チューリヒ湖から数十個の骨壷が発見され、ディグニタスとの関連が疑われた。

 スイス政府は昨年、自殺幇助団体の活動や「自殺ツーリズム」を制限する法案を出すと表明していた。しかし今回の投票結果で軌道修正は必至だ。

[2011年6月 1日号掲載]

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