最新記事

マイクロファイナンス

貧者の味方を襲うバッシングの黒幕

グラミン銀行は貧困層の血を吸って儲けている──ユヌス総裁は汚れた政治の思惑をかわせるか

2011年3月10日(木)14時51分
知久敏之(本誌記者)

 ムハマド・ユヌスといえば、貧しい人々に無担保で小口融資を提供するマイクロファイナンスをつくり出した人物。自ら総裁を務めるグラミン銀行と共に06年のノーベル平和賞を受賞した時代の寵児だが、そのユヌスが最近いわれなきバッシングを受けている。

 バングラデシュ政府は先月、グラミン銀行の金融取引や関連企業との関係を調べる調査委員会の設置を発表した。きっかけになったのは、ノルウェーの国営テレビが昨年11月に放送したドキュメンタリー番組。グラミン銀行に送られたノルウェーからの寄付金の使い道が不透明だと告発する内容だった。

 グラミン銀行は「まったくのでっち上げで、根拠のない報道」と反論。ノルウェー政府も12月、「寄付金が目的外に使用されたり、着服されたりした事実はない」と結論付けた。

 ではなぜ、バングラデシュ政府が調査に乗り出すのか? 「政府はやみくもにマイクロファイナンスを標的にしている」と、業界団体の会長モシャロフ・ホサインは米ウォール・ストリート・ジャーナル紙の取材に答えている。政府は昨年11月、マイクロファイナンス事業者に貸出金利の上限を年率27%とするよう通達した。実質的に事業者は、銀行から借り入れたときの金利とほぼ同じ金利で利用者に貸し出さなければならず、厳しい経営を迫られている。

 ユヌスが直面している困難はこれだけではない。07年にAFP通信とのインタビューで、バングラデシュの政治家は「金だけが目的で何のイデオロギーもない」と発言したことで、左派政党の幹部から名誉毀損で訴えられている。またグラミン銀行が経営に関与するヨーグルトメーカーが「汚染」された商品を販売したとされる問題で先月、裁判への出廷を命じられた。

 その背景にはユヌスの人気の高さがあると専門家はみている。バングラデシュのハシナ首相は昨年12月、マイクロファイナンスが「貧困層の血を吸って(利益を上げて)いる」と激しい口調で非難した。08年の総選挙で首相に返り咲いた中道左派・アワミ連盟党のハシナは、対抗勢力の右派がユヌスを担ぎ出すことを恐れてイメージダウンを図っているという。83年のグラミン銀行創設以来、貧困層に尽くしてきたユヌスが批判されていることに、支持者からは戸惑いの声が出ている。「弱者の味方」は汚れた政治にのみ込まれるのだろうか。

<追記>ユヌスは3月2日、定年年齢の60歳を超えていることを理由にグラミン銀行の総裁を解任され、裁判で争っている。

[2011年2月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

20日午前に新たな予算案採決と米下院議長、政府閉鎖

ビジネス

今週の利下げはきわどい判断=SF連銀総裁

ワールド

トランプ氏、EUに石油・ガス購入要求 「関税」警告

ワールド

ロシア中銀、予想外の金利据え置き 過去の引き締めが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 7
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 8
    「均等法第一世代」独身で昇進を続けた女性が役職定…
  • 9
    クッキーモンスター、アウディで高速道路を疾走...ス…
  • 10
    米電子偵察機「コブラボール」が日本海上空を連日飛…
  • 1
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 2
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いするかで「健康改善できる可能性」の研究
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 5
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 6
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 7
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 8
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 9
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 10
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中